2016年5月、安倍晋三首相がメルケル首相と会談をしたときのことです。メルケル首相はこう切り出してきました。
「ドイツのパートナー国として、CeBIT2017(国際情報通信技術見本市)に参加してもらえませんか?」
なぜ日本なのか? この時点で、私たちはドイツの思惑を知りませんでした。以前からCeBITなどの展示会には多くの日本企業が参加していたのですが、近年は参加企業が減っています。それでも「日本をパートナーに」と指名してくるのですから、何らかの意味があるはずだ。当時官房副長官だった私はそう思いました。
メルケル首相との会談の前に、ドイツ側が提案してくるかもしれないという事前情報を得ていた私たちは、安倍首相と「前向きにしっかりと回答しましょう」と決めていました。
予想通り、メルケル首相から提案があると、安倍首相の返事はもちろん「イエス」です。そしてこの日から、私たちはドイツ側がなぜ誘ってきたのか、その「謎」について、省内で侃々諤々の議論を始めることになります。ドイツは「インダストリー4.0」を掲げながら、なぜ日本と手を組もうとするのかと。
まず、ドイツの目指すインダストリー4.0とは何か、そして日本の強みと弱みとは何なのか。改めて皆で議論をしていくうちに見えてきたのが、「日本の勝ち筋」だったのです。
インダストリー4.0によって製造業の強化を図っていたドイツだが、実はグーグルをはじめとする米国ネット企業の動向に神経を尖らせていた。インダストリー4.0は計画、製造、管理などをサイバー空間で繋いでいくものだ。データセンターを運営するグーグルに、これら製造業のデータが渡ったら……。これがまさにドイツの新たな脅威となっていた。
「オールドイツ」をスローガンに11年から始まったインダストリー4.0の本質とは何か。突き詰めていうと、インダストリー4.0は「一つの傘のもとに集まってください」という概念です。各現場における製造工程のほぼすべてをシーメンスを中心としたグループのソフトウェアで一元化し、企業間取引はSAPのシステムで連結するなど、製造業の情報システムをシンプル化するもの。ただし、それは製造業分野に限定した考え方です。
ドイツは製造分野における技術は長けているものの、ICT技術ではアメリカがリードしています。現在グーグルをはじめアメリカのIT事業者は、ドイツの工業機器などから送られるデータをビッグデータとして蓄積することで、新たなビジネス開発に広げる可能性がないわけではありません。
自国で利活用できていないデータを、グーグルに持っていかれるのを黙って眺めているだけでいいのか。そう危機感を抱いたドイツは、同じように製造技術では世界トップクラスに優れている日本と手を組み、日・独が相互補完的に連携してアメリカに対抗しようとしたのではないか。だからドイツは、日本をパートナー国に指名してきたのだろう。私たちはそう考えています。
では日本はどうするべきか。議論を重ねるうちに注目したのは、国内工場における製造現場のデータでした。いま日本にはドイツのように一極集中型で企業間を繋げる企業はありません。