別所哲也(以下、別所):インディペンデントインキュベートというLEDの照明を製作・販売されている会社の『Firefly Man』という作品を上映しました。これはもともと営業用ツールでつくられたのですが、評判がよく、広告祭でも数々受賞されたそうです。
松尾貴史(以下、松尾):コメディ作品ですが、これも僕は泣きましたよ。“自己犠牲”がテーマというか、映像のアンパンマンみたいなもんですから。(会場笑) 電気代も払えない貧しい家族という深刻さから、一気にトーンが変わり、ああいう顛末になる。起承転結でいえば、「転」が長いのが、ギャグの王道をいっているのかなと思います。
◆インディペンデントインキュベーター『Firefly Man』
中尾孝年(以下、中尾):この作品は、CMディレクターとして見ると完璧です。単に笑いを追求するのであれば、あんなに長い尺は保たない。笑いがあるなかで、せつないオチがあっておもしろいから、長い尺をあれだけ満足させられる。
松尾:古今東西で笑いは分析されていますが、僕がいちばん納得したのは、桂枝雀さんがおっしゃった「笑いというのは緊張と緩和の同居である」というもの。つまり緊張材料としての「貧困」「これからどうするの?」という差し迫った状況に、ああいうかたちで緩和が訪れる。笑いのことをよくわかっている人がつくったのではないかと思いますね。
西田二郎(以下、西田):本来的に「笑い」ってライブだと思うんです。島田紳助さんが『風、スローダウン』という感動的な映画をつくりましたが、本当はおもしろい映画をつくりたかったらしいんです。でも最終的に紳助さんがおっしゃったのは「映画で笑いは無理や」と。イメージはあるみたいなんですが、「なんぼカットをつないでもおもろない」といっていました。
本作を見て感じたのは、バラエティの『ダウンタウンのごっつええ感じ』で表現されているのに近いかなと。ダウンタウンさんの笑いというのは、実は笑いだけではなく、生活に密着した「なんかわかるわ」というせつない感じがあるんです。世の中にいるどこかおかしい人をグッとデフォルメして、おもしろさに落とし込んでいるんですが、視聴者は「このおっちゃん、笑ったらあかんよな」と思いつつも、つい笑ってしまう。
本作も、森に入っていったお父さんが5年後にホタル男になって家族のもとに帰ってきて、最後はああなるでしょう。笑ったらあかんと思いながら笑ってしまう。逆にこのテーマは深刻に描いたら、ちょっと見られないんじゃないかな。
別所:その通りです。あと、ここがショートフィルムのおもしろい部分かなと思うのは、ホタル男になるお父さんの葛藤とかはすっ飛ばしているんですよね(笑)。小説家の湊かなえさんも「削りの美学」という言葉をおっしゃっていましたが、そういう飛ばしの文化がある。
松尾:飛ばしているけど、見た人それぞれの数だけ想像されますよね。ホタルに変身できる能力をどうやって得たのかとか(笑)。
西田:何かに出会って何かを差し出したのかとか(笑)。
別所:僕はお風呂場で娘が「見ないで!」というのが好きです。ああいうのも日常の父親と娘の関係というのをうまく引っ張っていて、西田さんがおっしゃった「生活に密着した笑い」とつながってくる。
中尾:本当の意味でのエモーショナルな笑いは、一発ギャグ的なおもしろさとは違いますよね。心がグッと揺さぶられる笑いには、実はきっちりとした長い秒数が必要だったりする。
松尾:変顔をすれば2秒で終わる。ホタル男がフン!ときばったら尻が光るのも3秒で終わる。そこまでに、何をどうもっていくのか。シリアスな状況を下地としてつくってあるからこそ、笑いの力も発揮できるんです。
別所:あと、ダブルミーニングになっていると思うのですが、天井にくっついて「お父さんはお前たちのために輝き続けるぞ」という台詞がまたせつないですよね?
松尾:視聴者は「なにうまいことゆーとんの?」と心の中でツッこむ(笑)。