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2017.03.11 11:00

ヘッジファンド業界のレジェンドは「現代美術の目利き」


真の名作は財力だけでは入手できない。コレクターとしての姿勢、コレクションの質に対する評価があってこそ可能になる。また、アートへの情熱、美術史について深い理解があるからこそ名作を見極められる。

「我々夫婦は各地のアートを観るのが好きなんですよ。2001年にカリフォルニアに旅行した時日本の具体派の作品に出会いました。また、全然知らない作家による、激しい筆遣いの作品に心を動かされました。それが天井から体を吊るし、足で描く白髪一雄でした。それからいろいろリサーチして、少しずつ作品を買い始めました」

そう語るラフチョスキーの眼は、コレクターとしての喜びに満ちていた。当時1000〜2000万円だった白髪一雄の作品も、4年前くらいから急激に再評価され、高い作品では4億円を越すまでになった。
 
取材の間も邸内では明後日に予定されているチャリティー・イベントの準備をする工事業者が邸内を忙しく行き交っていた。

「ホームパーティーにしてはかなりの規模ですね」と言うと、本人は傍らでパソコンに向かっているシンディー夫人を指さしながら、「チャリティー関係の指揮官は、家内なんです」とユーモラスに語った。
 
18年目を迎えるイベントのスケールは壮大だ。来場者は世界各国から約450名。邸内で展示されている若手アーティストの作品をオークションするが、売上は例年800万ドルにものぼり、ダラス市美術館とシャロン・ストーンが理事を務めるAIDS研究の財団・amfARに半額ずつ寄付される。
 
夫妻との和やかな対談を終え、トーマスの運転で個人美術館とでもいうべき「WAREHOUSE」に着いた。周囲の景色は一変して、無機質な倉庫街になった。WAREHOUSEの名のとおり、外観は周りの倉庫と変わらない。しかし、館内は本格的な展示が可能な美術館に改装されており、その一角にラチョフスキー・コレクションの収蔵スペースなどがある。世界各地から週に1回以上、作品の貸し出し要請があるという。
 
経営の点から興味深いのは、施設を低コストに抑えているだけでなく、WAREHOUSEが入居している倉庫の3分の1を美術品輸送会社に賃貸し、警備コストも削減していることだ。あくまでアートを中心に、「選択と集中」が徹底されているのだ。
 
この日は美術学校の生徒が来館していたが、研究者、学生はたびたび訪れる。

何から何まで手配してくれたトーマスに御礼を述べ、ホテルへの帰路に就いた。アートとともに生き、アートを活かすコレクターの人生に触れ、とてもすがすがしい気持ちになった。美術史に残る作品を所有するのみならず、それを介して人と出会い、社会に還元する。見識のある大富豪と、それを可能にする成熟した社会のシステムが印象的だった。


「アートとは視覚的な幸福をもたらすもの。そのためには、とてつもない億万長者である必要はありません。アートとともに暮らすことで個人的な充足を得る、これこそが最高です」ラチョフスキー氏。


ハワード・ラチョフスキー◎ダラス生まれ。テキサス大学で法学博士号を取得。ヘッジファンドマネージャーとして約30年間活躍するとともに、1970年代にRegal Securities Investment, L.P.のマネージングパートナー、Regal Capital Companyの代表を務める。80年代初頭にアートを収集し始める。

シンディ・ラチョフスキー◎2000年、ハワード・ラチョフスキーと結婚。ダラス美術館の理事と執行委員を務めるとともに、エイズ研究財団amfARの理事も務め、18年間にわたりチャリティオークションを主催。ハワードとともに、ラチョフスキー・コレクションの拡充にあたる。

石坂泰章◎AKI ISHIZAKA社長。東京藝術大学非常勤講師。総合商社勤務、近現代美術画廊経営を経て、2005~14年サザビーズジャパン代表取締役社長。数々の大型取引を手掛ける。著書に『巨大アートビジネスの裏側』(文春新書、2016年)、『サザビーズ』(講談社、2009年)。

text by Yasuaki Ishizaka

この記事は 「Forbes JAPAN No.32 2017年3月号(2017/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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