ある大企業が、新入社員の中から特に知能の高いものを選び出した。選ばれたのは4人。周囲は羨望の目で眺めるが、会社は彼らに不可解な命令を下す。
給料やボーナスは特別に多く払う。経費も好きなだけ使ってかまわない。その代わり何もしてはならない。生産的なことは一切してはならない、というのである。
海辺の寮に隔離された彼らは、釣りをしたりトランプや麻雀に興じたりして過ごすが、じきに飽きて世界中の遊び道具を集めはじめる。しかしついにそれらにも飽きてしまう。
そしてどうなったか。彼らは新しい遊びを考え出したのだ。
地面に複雑な図面を描き、ボールを使い、人間がチェスの駒のようになって遊ぶというそのゲームは、スポーツと知的ゲームとギャンブルの長所がうまくミックスされたような画期的なものだった。すると、本社から重役が飛んできた。
「よくやった。管理人からの報告で、急いでかけつけてきたのだ」
「やったとおっしゃいましたが、わたしたちはなにもやっていませんよ。遊んでいるだけです」
「いや、いまやっているじゃないか。新しいゲームを開発してくれたではないか。それが目的だったのだ」
重役の言葉を聞いた4人は不満げに訴えた。「それならそうと、はじめにおっしゃってくれればよかったのに」
すると重役はこう答えた。「いや、それではだめなのだ。現在あるスポーツやゲームは、どれも19世紀以前に生まれたものだ。そして現在、いまほど新しい遊びが強く求められている時代はないのだが、人々はせかせかし、開発する精神的余裕を失っている。面白い遊びというものは、理屈からはうまれない。(略)そこで優秀なきみたちを、昔の“暇人”の環境に置き、アイデアがにじみ出て形をとるのを待ったのだ。よくやってくれた」
以上は『盗賊会社』(新潮文庫)所収の「あるエリートたち」という作品の概要である。
あるノンフィクション作品が面白過ぎると知り合いの編集者と盛り上がっていた時に、彼が「そういえば星新一にそんな話がありましたよね」とこのショートショートのことを思い出させてくれたのだが、ひさしぶりに読み返してみて驚いた。
なんと現代的なテーマが描かれていることか。ここにあるのは、まさにどうすればイノベーションを生み出せるかについての大いなるヒントではないか。
星新一まで引き合いに出しながら我々が熱く語っていたノンフィクション作品。それがいま話題の『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(新潮社)だ。
著者の二宮敦人氏はライトノベルやホラー小説のジャンルで活躍する作家。妻は藝大で彫刻を学ぶ現役学生で、この妻があまりに面白いキャラなため(なにしろいきなり巨大な木彫りの陸亀を彫りはじめたり、体中に半紙を貼り付けて型をとったりしはじめる)、やがて妻が通う東京藝大とはどんなところだろうと興味を持ち調べ始める。
調べるといっても、基本的には妻の紹介でいろいろな学生にインタビューをしているだけなのだが、これがとんでもなく面白い!