海外で暮らしていると、むしょうに食べたくなる日本のソウルフードといえば、納豆ご飯、卵かけご飯、なめこ汁など色々あるが、私の場合は、なんといっても焼き芋である。鳴門金時などのねっとり甘い焼き芋も好きだが、毎日食べ続けると飽きてしまい、幼い頃から食べ慣れた紅あずまのホクホクした焼き芋に戻ってくる。
大学時代にロンドンに留学したとき、焼き芋が恋しくなり、中国系スーパーマーケットで見つけたサツマイモをオーブンでじっくり焼き、「金時系かホクホク系か?」とかぶりついてみたが、焼き芋の味が全然しなかった。曇天と小雨が降り続くロンドンの長い冬に、日本の焼き芋が恋しかった。
日本のサツマイモのおいしさは、先人たちのたゆまぬ品種改良の努力によるところが大きく、ロンドンで食べたまずいサツマイモとはそもそも品種が異なっていたのだが、日本のサツマイモのおいしさには、それ以外の秘密がある。
例えば、種子島産の安納芋。蜜芋とも呼ばれるほどの甘さとねっとり感がすっかり全国的に定着したブランド芋だが、実は、掘った直後はそれほど甘くはない。
サツマイモは熟成されるほどデンプンが糖化され甘味が増すのだが、収穫後、そのまま貯蔵しておくと傷みやすいため、まずは、新鮮なサツマイモを3〜4日間、30度以上の温度と90%から100%の湿度を加えた後、一気に14℃程度まで温度を下げ、一定の湿度を保つことで、サツマイモの表面にコルク層を形成させる「キュアリング」というひと手間を加えている。コルク層が蓋のような役割を果たすことで、サツマイモは適度な水分量を維持しながらも、長期間熟成され、出荷されている。
キュアリングは、安納芋に限らず、日本の他の産地においても行われており、キュアリングの方法(温度・湿度・時間など)は、それぞれの生産者や生産地によって精緻にカスタマイズされている。
日本では、品種改良や栽培技術と同じくらい、収穫後の「ひと手間」が、農産物のおいしさを安定させたり、さらなるおいしさを引き出している事例はほかにもたくさんある。
例えば、新潟県産の雪下にんじん。雪下にんじんは、夏に種をまき、通常であれば秋には収穫してしまう人参を収穫せず、土の中で越冬させる。雪が数メートルも降り積もる土の中で、人参特有の青臭さが抜け、甘味やうま味を感じる成分であるアスパラギン酸やグリシンなどのアミノ酸含有量が増加する。また雪の下は温度が0℃に保たれ、水分があって乾かないため、みずみずしさが保たれるのだ。その年の降雪量により出荷時期や生産量が大きく左右されるため、希少なブランド人参として人気がある。
こうした「ひと手間」は、農産物のみならず、水産物にも行われている。