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2016.10.07 08:30

生活習慣をアプリで「見える化」、病気の芽を教える先制医療


もともと根来は、睡眠ホルモンと呼ばれる睡眠誘発物質「プロスタグランジンD2」の研究で博士号を取得している。「この物質は動脈硬化をやわらげる作用と関係があると見ていて、悪い睡眠と高血圧や心筋梗塞との直接的な関係があるのでは?と思っていたのです」

一方で、根来は東大の保健センターの講師として運営管理を任され、職員と学生の健康管理を担当。こうして健康な者から末期症状の者まで幅広く生活スタイルを調査した。彼の睡眠への情熱は、当時の間違った一般常識も影響している。レム睡眠とノンレム睡眠のワンサイクルが90分であり、90分の倍数の時間を寝れば熟睡できるとか、ゴールデンタイムに就寝すれば、4時間の睡眠で大丈夫とか、世間では間違った睡眠神話がもっともらしく語られていたのだ。

脈拍の「ゆらぎ」に着目

根来にとって大きなチャンスとなったのが、ハーバード大医学部の睡眠医学の権威、チャールズ・サイズラー教授との出会いだ。98年、体内時計が24時間11分であることを発見した人物で、根来はサイズラー教授に出会うと、その後、睡眠医学教室客員教授としても招聘され、共同研究を行うことになったのである。

さて、睡眠や自律神経と健康の因果関係が見えてきたものの、最大の課題は「生活習慣を変えることができるか」だ。

入院中の糖尿病患者は食事制限に耐えられず、驚く行動を取ることがある。病院の庭に落ちているドングリすら口にしてしまうのだ。病気になってから生活習慣を変えることは至難の業で、根来はこう言う。

「入院中の糖尿病の患者さんに対して、スタッフが冷蔵庫を抜き打ち検査をするなど、生活習慣を変えるようにしています。血糖値が正常になれば退院しますが、退院後に元の生活に戻ってしまい、再入院が必要な事態になるのです」

退院後の生活を監視するわけにはいかないし、根来は「そもそも病気にならないようにしたり、あるいは人生のなかで病気になる時間をできるだけ遅らせるしかない」と言う。そこで当時、彼が着目したのがソニーのロケーションフリーという商品だった。遠隔操作をする機器で、家のテレビで録画した番組を外で見たりできる。つまり、「生活習慣の中にICTが入り込めるのでは」というアイデアが湧いてきたのだ。

タイミングよく登場したのが、スマートフォンである。しかも、スマホの機能は、人間の生体データを計測するのに適していた。

まず、冒頭で紹介したように、カメラのレンズ部分に指先を当てると、指先の毛細血管の血流を分析することができる。また、「ジャイロセンサーが装備されていて、画面の縦横を修正する回転角速度を測定できます。これは“体動”を感知できるので、万歩計の役割にもなるし、睡眠中の寝返りも感知できます」。
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編集 = Forbes JAPAN 編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.27 2016年10月号(2016/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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