銀行員としてのキャリアは、お江戸日本橋支店から始まった。支店勤務の後は為替ディーラーになり、85年9月のプラザ合意をディーリングルームで迎える。その後、イギリス駐在の辞令が出た。当時は日本企業がこぞって海外進出を始めた時代だ。顧客が海外市場に出れば、銀行も海外支店を増やす。ロンドンで6年を過ごした。
古川が帰国した90年代は、銀行再編の時期に重なる。東京の経営管理室で、92年4月のさくら銀行発足に向けた準備に当たった。
再び海外に赴任したのは、日本企業のアセアン進出が活発化していた2005年。バンコク支店長だ。300人の部下のうち日本人は1割未満と少なく、全体の9割が女性。管理職に女性が多いのもアジア諸国の特徴だ。
日本とタイではマネジメントの手法に違いがあるか、という筆者の問いに、古川は首を横に振る。「文化・習慣は違っても、働く人の本質は同じ。人の役に立ちたいし、やりがいのある仕事がしたい。自分の意見が認めてもらえれば嬉しい」
配慮は必要だが、遠慮は不要。コミュニケーションを取りやすい雰囲気づくりに、何より気を配る。バンコク支店では毎朝店内を歩き、社員に声をかけて回るのが日課だった。「個人も、チームも、心配事やうまくいっていないことがあると空気が微妙に変わるものです」
古川は三井住友銀行の副頭取を経て、15年にSMBC信託銀行の社長に就任した。SMBC信託銀行の前身は、フランスのプライベートバンク、ソシエテ ジェネラルのプライベートバンキング部門で、15年にシティバンク銀行のリテールバンク事業を統合した。現在は新ブランド「プレスティア」を立ち上げている。
顧客の多様化、グローバル化が進む中で、プライベートバンク機能や、シティバンク銀行から譲り受けた外貨預金への需要は拡大する。
「ソシエテ ジェネラルが高級フレンチなら、シティはおしゃれな西洋レストラン、三井住友フィナンシャルグループが老舗の和食でしょう。さまざまな知識や経験を持つ社員の足し算、掛け算をすることで、他にないサービスができるはずです」
古川はいまも、支店を歩き、社員に声をかける。働く場所も、業務も、異動のたびに変わった。
「どこに行っても、そこでの出会いを面白い、と受け入れる。直面する状況を難しいと思うか、前向きに捉えるかは、自分次第です」
ふるかわ・ひでとし◎1955年、長崎県出身。九州大学法学部卒業後、79年に三井銀行(現・三井住友銀行)入行。2005年執行役員バンコク支店長、12年三井住友銀行取締役兼専務執行役員を経て、14年取締役兼副頭取執行役員に就任。15年6月から現職。60歳。