取り立てて言うほど刺激的な話には聞こえないかもしれない。だが、これはトリウムを使った「原子核時計」の実現に向けての一歩前進が確認されたということだ。この原子核時計は完成すれば、現時点で最新の「原子時計」をはるかに上回る精度を実現する可能性がある。なぜこれがそれほど素晴らしいことなのか、説明しよう。
この問題の“核”となるのは、現在の「時間」の定義をより正確なものにしようという試みだ。現在の1秒は、セシウム原子が吸収・放出するマイクロ波の振動数(9,192,631,770回)と定義されている。宇宙に存在するすべてのセシウム原子は同一で、エネルギーレベルも同一。従って、セシウムは完璧な時刻基準の役割を果たせるということだ。
ただ、セシウムが基準とされたのは便宜上の理由からであり、基本的にはこれは、恣意的な選択だ。最善の測定基準を得るためには、重さのある(移動速度がそれほど速い訳ではなく、ドップラー効果の影響を大きく受ける訳でもない)原子と、一定の高さがある周波数が必要だ。1967年に標準が設定されたときに最善の選択と考えられたのが、たまたまセシウムだったのだ。
そして、その後の着実な技術の進歩によって、最新の原子時計は10のマイナス16乗の精度を達成している。これだけでも非常に素晴らしいことだが、現在ではさらに、1967年以来、大きな発展を遂げてきたレーザー光技術のおかげで、セシウム原子が吸収・放射するマイクロ波の10万倍の周波数を使い、原子時計を作ることが可能になっている。
さらに素晴らしいことには、等間隔のくし(コーム)状のスペクトルを持ち、周波数軸上の物差しとして使われる広帯域のスペクトルを持った超短パルスレーザー光源が開発されたことにより、高すぎて計測が不可能だった周波数でも実験を行うことが可能になった。これらの「光時計」はマイクロ波よりずっと精度が高く、環境によっては、誤差は1秒の「10のマイナス18乗」になる。
なかでも東京大学の香取秀俊教授の研究グループが作成した「光格子時計」は、光格子の中に捕捉・安定させた数千の原子にレーザー光を当てるもので、セシウム原子時計を大幅に上回る精度を実現している。教授のグループは、異なる原子を使った時計の比較を10のマイナス18乗の不確かさで行うことが可能であることを証明した。