多様性の進展と逆張りの求心力強化を
企業にとって労働市場への適応は重要なテーマであり、そのためには多様性を取り入れる必要性が迫っていることを述べたが、その一方で「多様性を“束ねる”」取り組みにも注力しなければいけない。なぜなら、「統合なき多様化」は企業の生産性を著しく下げてしまうからだ。「性別」「年齢」「経歴」「職務」「国籍」「働き方」「雇用形態」などに多様性を持たせつつ、一方で、それらを一つのベクトルに束ねる必要がある。
企業にとっての統合軸は「使命」「ビジョン」「経営理念」など。多様な人材が集い、協働する旗印のようなものと捉えれば分かりやすいだろう。また、企業独自の“戒律”のような取り決め、いわば行動指針やルーティンのようなものも必要となるはず。多様性の取り込みによって空中分解しないような「統合軸」の設定と浸透策は、現在、多くの大企業が危機感を持って向き合っているテーマでもあるのだ。
旧来の人事制度の抜本的な見直しを
1990年代の後半から「成果主義人事」が企業社会の主流となってきた。しかし、いまだに右肩上がりの処遇制度の色合いを強く残しているのが実態である。これは、出産、育児、介護などのライフステージの変化をすべて女性に委ねてきた社会的風潮を前提として成立してきた制度であり、言い換えれば、ライフステージの変化に見舞われなかった男性社会向けの制度なのだ。
昨今、ダイバーシティの流れの中で「女性活躍推進」の重要性が叫ばれているが、右肩上がりの処遇制度を見直さなければ、単に「女性の男性化」を強制するだけに終わってしまう危険性がある。個々人のライフステージの変化や多様な働き方の要望に対応するためには、企業と社員がその都度の状況に応じて役割・期待関係を「握り直す」「選び直す」制度の整備が求められる。
つまり、右肩上がり一辺倒の処遇制度ではなく、ライフステージや役割や能力や組織への貢献方法の変化によって、アップすることもあれば、ダウンすることもある制度。企業と社員が双方の納得感を持ちうる「握り直し制度」「選び直し制度」への切り替えを急ぐべきだ。
人事戦略が事業戦略に影響を与える
今後は、「事業戦略に合致した人事戦略を」といった考え方すら時代遅れになるだろう。「人事戦略こそが事業戦略に大きな影響を与える」時代だからだ。人事戦略の成否によって事業戦略の選択肢も増減する。CEO(最高経営責任者)とCHRO(最高人事責任者)が一心同体で、ビジョンを共有して労働市場への適応を先行した企業が繁栄することにまちがいない。
小笹芳央◎リンクアンドモチベーショングループ代表。早稲田大学卒業後、株式会社リクルート入社。2000年、株式会社リンクアンドモチベーションを設立。現在グループ13社の代表を務める。著書に『会社の品格』(幻冬舎)他多数。