テクノロジー

2016.01.30 11:01

サイバーダイン 山海嘉之 ー未来の開拓へ、手探りの挑戦

photograph by Jan Buus

サイバーダインの代名詞でもある「ロボットスーツHAL」だけではロボット科学少年時代から抱いた社会問題解決の夢は完成しない。異分野融合を進めて、さらなるチャレンジに挑むフロントランナー。

「真のフロントランナーは手探りを続け、課題を突破していかねばなりません。未来開拓のためには、“死ぬ気で頑張る”ではなく、“限られた人生をとことん生き抜く”という『生きる覚悟』が大切です」

小学3年生の時に読んだSF小説家のアイザック・アシモフの短編集『われはロボット』に感銘を受けた山海嘉之は、少年時代から一貫して人や社会のために役立つロボットやモノづくりに挑戦し、研究者・起業家としてさまざまな「不可能」を「可能」にしてきた。そして今も、そのチャレンジを続けている。

そのチャレンジを体現するのが、山海が開発した「ロボットスーツHAL」である。

HALは体に装着することで人間の脳から脊髄や運動神経を通じて筋肉に伝わる生体電位信号を読み取り、装着者の意思に従った動作を実現する。HALと人体が一体的に動作し、感覚神経を通じて脳へと神経系信号がフィードバックされるため、脳・神経・筋系の機能改善ループを促すことができるという。例えば「HAL医療用下肢タイプ」は、脊髄損傷や脳卒中などによって下肢機能が低下した人が着用すれば、歩行機能の改善効果を得られる。欧州全域で医療機器CEマーキング認証を取得しており、既にドイツでは公的労災保険も適用され、2015年10月には公的医療保険への適用申請が行われた。この11月、日本でもついに新医療機器として承認される方針が厚生労働省により示された。16年前半には、米国でも医療機器として投入されることが期待されている。

HALがこれだけの成果を挙げていても、現状に満足しないのが山海のアントレプレナー精神だ。

「医学や工学などの科学技術は、人や社会の役に立ってこそ意義がある。人や社会のためにさらに革新技術を創りだす」と常に挑戦を続ける山海は、さまざまなタイプのHALや人支援技術が搭載されたロボットを開発し、利用分野を拡大させている。

羽田空港では、世界の空港に先駆けたロボット技術活用が進む。旅客ターミナル内の床清掃を行う清掃ロボット、地下倉庫で搬送や手荷物の運搬などを行う搬送ロボット、装着者の腰部等の負荷を低減しながら安全に荷物の積み下ろしなどの重作業を支援することができるHAL作業支援用腰タイプなどの次世代型ロボットの導入を通じて、ロボット化された未来の空港モデルの創出に挑戦している。

金融機関の労働環境にも変化が起きている。銀行が日々扱う大量の紙幣・硬貨は相当な重量となり、運搬作業の負担は少なくない。そこで三井住友銀行や茨城県の常陽銀行ではHALを採用、従業員が重量物を持った時に腰部等へかかる負荷を低減することで労働環境を改善し、高齢の従業員にも働きやすい環境を実現することに貢献している。

多様なテクノロジー企業と積極的に提携

さらに山海は「人や社会の役に立つ」ため、疾患の予防を実現する革新技術開発の挑戦にも踏み出している。例えば、動脈硬化度やさまざまなバイタル情報を計測することができる手のひらサイズのバイタルセンサーも2016年から出荷が始まる。

筑波大学発ベンチャーのサイバーダインは全国各地の大学・研究機関に加え、企業との連携も密にしている。スーパーコンピュータで世界ランキング1〜3
位(Green500)を独占したPEZY Computing/ExaScaler、バイオ3Dプリンターのサイフューズ、ドローンのRapyuta Roboticsなど、多様なテクノロジー企業との資本・業務提携を推し進めている。そこには、どんな狙いがあるのか。

「重度の障害があり神経系が途切れてしまっている方の場合、HALを装着しても生体電位信号を読み取ることができないのです。そこで神経そのものを伸ばし、お互いを繋いでいく技術が必要となりますが、この時に我々が研究開発中の神経接続技術とサイフューズの技術が大いに役立つでしょう。このプロセスを実現するため、我々独自のデスクトップ型細胞培養装置の開発も始めています」

また、サイバーダインの全ての製品には通信機能が内蔵されているため、IoTデバイスとして膨大な情報が集まる。これらを処理するため、羽田空港近くの国家戦略特区内に建設予定の施設に世界最高水準のスーパーコンピュータを設置、ExaScalerの運用技術と連携していく計画だ。

社会課題の解決のための革新技術の創生、新産業創出、未来開拓型人材育成の同時展開—その実現に向けて、山海は今、個別専門的な立場から抜け出し、異分野融合の観点に立つ必要性を説く。

「社会にある課題は複合的で、特定分野の立場だけから解決するのは難しい。そこで、“人”を中心に据えた包括的な学術体系『サイバニクス:人・ロボット・情報系の融合複合技術』を立ち上げました」

山海が目指すのは「未来の開拓」である。

山海嘉之◎1958年生まれ。87年、筑波大学大学院工学研究科修了。工学博士。日本学術振興会特別研究員、筑波大学助教授、米国ベイラー医科大学客員教授を経て、筑波大学機能工学系教授。2004年6月、サイバーダイン設立。

土橋克寿 = 文 ヤン・ブース = 写真

この記事は 「Forbes JAPAN No.18 2016年1月号(2015/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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