ビジネス

2016.01.10 11:00

「未来の孫正義」を目指す若者たち〜20代起業家最前線〜前編

text by Akihiko Mori | photographs by Keith Ng

text by Akihiko Mori | photographs by Keith Ng

自動車の走行ビッグデータを収集・解析し、自動車保険などのサービスへ展開するプラットフォーム事業を手がける「スマートドライブ」を2013年に起業した北川烈(26)の履歴書は、まるでエリートコースへの滑走路のようだ。慶應義塾大学商学部で金融工学を学び、見聞を広めるためにボストンへ留学、さらに東京大学大学院では、移動体や金融のビッグデータ解析に応用される物理学「流体力学」を専門とする研究室で学んだ。スマートな助走を経て、そのまま同社を起業した。

「留学先では、優秀な人ほど起業するカルチャーを目の当たりにしました。彼らはたとえ小さなビジネスでも、自分で仕事をつくることに価値を見出していた」と話す。

プログラミングのオンライン学習事業を手がける「プロゲート」CEOの加藤將倫(22)は14年の創業時は東京大学工学部電子情報工学科に在学していた。「大学では高度なプログラミングスキルを習得できますが、プログラミングで何ができるのか、アウトプットは自分で見つけなければならなかった。僕にとってのアウトプットはプログラミング学習サービスをつくって起業することだったんです」

現在、加藤は東京大学を休学中だが、同サイトでは4万人ものユーザーが日夜プログラミングを学んでいる。

今、高学歴で高度な知識を持った若い世代が、大企業へ就職せずにスタートアップの世界に入っていくという流れが日本でも着実に広まり始めている。スタートアップがグーグルやアップルなど、日本へも大きな影響を与えるIT企業を生んだシリコンバレーの文化であり、それが若者たちにとって憧れの対象となっていること、一方で大企業への不信感、将来への不安感が高まる中で、日本の本当に優秀な学生の“定期航路”にも変化が生まれているのだ。

「ロールモデルはいない」

今回の取材では、若い起業家たちの特徴を浮き彫りにするために、彼らの「ロールモデル」を尋ねた。今回インタビューを行った起業家からスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツという名前はもう聞こえない。ピーター・ティールやイーロン・マスクも出てこない。彼ら若い起業家は、漠然とした憧れで起業を目指す段階を超え、自分のアイデアを具体的に持ち、それを自分の力で世界へ広げていこうとしている。そのために必要なのは、「憧れのカリスマ」より、「実践的な身近なヒーロー」なのだ。

スマートドライブの北川烈は、セールスフォースの会長兼CEOマーク・ベニオフ、オラクルの会長兼CTOラリー・エリソンを尊敬する経営者に挙げる。「オラクルのオープンソースDB、MySQLは知らなくてもみんな使っている。まさにスマートドライブで狙っているのはそうしたインフラの市場なので、彼らの発想には魅力を感じます」と話す。

ロールモデルとして孫正義の名を挙げたのは「ココン」CEOの倉富佑也(23)だ。彼はソフトバンクアカデミア在籍者でもある。同社はゲーム向けグラフィックのクラウドソーシング事業を手がける「パンダグラフィックス」から社名変更を行い、現在は同事業を継続しながらウェブアプリやモバイルアプリの脆弱性診断などの情報セキュリティ事業などへも進出している。「利益や企業の規模拡大の追求はもちろん、次の世代のための社会貢献に視野を向けている経営者には憧れがあります。日本の大企業が勃興してきた時代の次に、世界で勝負できているのはソフトバンクです。私たちはその次の時代をつくれるような会社こそを目指したい」

同社は非上場だが、M&A(合併・買収)を成長戦略に採り入れている。3DCGのモーション製作を行う「モックス」、アプリ・ウェブのUIデザイン製作を行う「オハコ」などの関連企業を伴い、事業ドメインは「特化型クラウドソーシング」と「情報セキュリティ」のB to Bビジネスを中心に据え、事業を拡大中だ。

一方で「ロールモデルはいない」と話すのは「ペロリ」代表の中川綾太郎(27)。同社のキュレーションプラットフォーム「MERY」が、DeNAにM&Aされたことは記憶に新しい。「日本は、GMOや楽天、ソフトバンクなど、サービスよりも事業にフォーカスする“経営者タイプの経営者”が多い。しかしインターネットのスタートアップカルチャーでは、“ワンサービス”志向の起業家が経営者になる。日本では世界レベルで圧倒的成果を挙げているワンサービスの起業家が少ないのではないか、と感じています」

発売後1カ月で1,000万ダウンロードを超えた『ブレインドッツ』などの、スマートフォン用ライトゲームのヒットを連発する「トランスリミット」CEOの高場大樹(29)も同意見だ。「先をいく経営者、起業家がどんなサービスをどのように展開したかというノウハウは勉強になるが、狭義の尊敬はしない。それよりも我が道を進むことを重視したい。僕は会社に引きこもって、プロダクトのことだけ考えてますよ」と話す。

彼らには共通して、世界基準のサービスを自分でつくりだすことに醍醐味を感じていることが読み取れる。言い換えれば、2000年前後のIT起業ブームに踊った若者が、「起業することが目的」であったとすれば、今の若い起業家は「事業を成功させること」を目的としている。それはロールモデルの変化からも見て取れる。




中川綾太郎◎1988年、兵庫県生まれ。アトコレCOOを経て2012年ペロリ設立。女性向けキュレーションプラットフォーム「MERY」を立ち上げる。14年10月DeNAにより子会社化。順調にユーザー数を伸ばしている。

鶴岡裕太◎1989年、大分県生まれ。Liverty、partyfactoryを経て2012年にBASE設立。無料で簡単にECサイトがつくれるサービスを展開し、登録店舗数は20万店舗を突破した。今年開発者向けオンラインクレジット決済サービス「PAY.JP」の提供開始。

高場大樹◎1986年、福岡県生まれ。サイバーエージェントを経て2014年にトランスリミット設立。自らを含め、社員の9割がエンジニア。脳トレアプリ『ブレインウォーズ』は8カ月で1,000万ダウンロードを達成。

加藤將倫◎1993年、愛知県生まれ。小学校から中学3年までオーストラリア在住。2014年、プロゲート設立。初心者が無料でプログラミングを学べるオンラインサービスを運営する。現在、東京大学工学部電子情報工学科休学中。

北川 烈◎1989年、東京都生まれ。東京大学大学院在学中に2013年スマートドライブ設立。車両診断デバイス「Drive On」を開発、自動車のビッグデータ解析に挑む。今年4月にはアクサダイレクトとの業務提携を発表。

倉富佑也◎1992年、神奈川県生まれ。2011年早稲田大学在学時に上海へ渡り、約1年半現地での就業を経て13年ゲーム向けグラフィックのクラウドソーシング事業パンダグラフィックスを設立。15年ココンに名称変更。現在は社員70名の体制で運営。


後編はこちら(1月17日公開)

森 旭彦 = 文 キース・イング = 写真

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事