メディケアやメディケイド(低所得者向け公的医療保険)詐欺がどんなにひどくても司法省が製薬・医療品会社のトップを刑事告訴することはめったにない。そしてこういった告訴は必ずしもうまく行っていない。
最初にメディケア関連の詐欺で医療品会社のCEOが起訴されたのは、1992年、ナショナル・ヘルス・ラボラトリーズ(カリフォルニア州ラホーヤ)の当時社長兼CEOのロバートE.ドレイパーが、2件の虚偽の申告を行ったとして有罪となり刑務所に送られた事件だ。会社は医師に必要のない血液検査を行うよう仕向けたとして1億1100万ドル(136億0971万円)を支払った。手口は私の法律事務所が代理人を務めた内部告発者によって明らかになった。
ただこの20年間、大手企業のCEOの起訴はほとんどなく、起訴の間隔もあいていた。それより司法省はワーナー・チルコットの場合のように、内部告発に関連して医療品会社の地域担当販売課長や販売員など中堅以下の従業員を告訴している。同社は2013年アラガン(元アクタビス)によって買収された。
ライヒェル逮捕で司法省は腕前を上げたようだ。不明なのは、「イエーツメモ」に概略が説明されているように、これが幹部を狙った一連の刑事告発の端緒になるのかどうかという点だ。
米司法省副長官のサリー・イエーツが9月に発行した指令は「企業の不正行為と戦う最も効果的な方法の1つは、不正を犯した個人の責任を追及すること」と説明。イエーツ副長官は、司法省弁護士に企業の不正の調査について、最初から個人の悪事に焦点を当てるよう求めるなど、それを達成する方法をいくつか示した。
起訴状によると、ライヒェル容疑者は2009年から11年までワーナー・チルコットの製薬部門の社長在任中、営業スタッフに対し、医師とその配偶者に高価なディナーを振る舞うほか、教育的な内容でない私的なディナーでの「講師料」などさまざまな方法で金を渡して同社の医薬品を処方するよう命じた。
ライヒェル容疑者はまた、営業担当者に一部の保険会社が患者の医薬品の支払いのために求める書類を前もって準備した医師の従業員に贈る飲食物を購入する別口座を支給したとされている。
同容疑者は自身が「クレージーなタイプA」と呼ぶ営業担当者を雇い、「医療関連の法律の順守に関しては限られたトレーニング」しか行わないほか、法順守を重視しないよう命じたという。
こういった申し立てはすべて、製薬会社が営業や販売慣行をめぐる告訴の和解のために米政府に支払った巨額の金を企業幹部が「まったく恐れていない」ことを実証している。製薬・医療業界は一般に、再犯者が捕まればたいてい内部告発者に感謝する中身のない言葉は表明するものの、引き続き法順守よりも利益を優先している。
大企業のCEOが罪を犯したことについて合理的な疑問を残さない程度の証明をするのは、イエーツがメモに記しているように「責任が分散でき、決定がさまざまなレベルで下される」ので簡単ではない。ライヒェル容疑者の場合も例外ではない。ただ、この裁判の有罪判決は司法省がより多くの企業のトップに責任を問うきっかけになるだろう。
そしてこれで企業幹部が最終損益と同じように法順守や倫理にも注意を振り向けるきっかけになるかもしれない。