ビジネス

2015.09.23 08:01

デザイン・アントレプレナーの時代がやってきた

AgICは「電子回路制作を身近なものにし、3Dプリンターによるメーカームーブメントや子どもの知育の領域で、静かな革命を起こす」ことを目指し、様々なコラボレーションを行う。その中心にいるのが杉本雅明取締役(写真)だ。

AgICは「電子回路制作を身近なものにし、3Dプリンターによるメーカームーブメントや子どもの知育の領域で、静かな革命を起こす」ことを目指し、様々なコラボレーションを行う。その中心にいるのが杉本雅明取締役(写真)だ。

デジタルテクノロジーの進化により「デザイン」の概念が変わってきた。
デザインと技術、ビジネスの融合により社会変革を目指す起業家が現れた。


「これを使えば誰でも電子回路がつくれ、広告デザインやアート、教育など様々な分野に使用できる」

東京大学発スタートアップのAgIC(エージック)・取締役共同創業者の杉本雅明は、「電気を通すインク」と言われる、銀ナノ粒子インクの専用ペンについて語る。専用用紙に線を描くだけで、簡単に電子回路制作ができ、LEDの明かりが光るため、多くの応用用途があり、ただのプロダクトにとどまらないという。

AgICは2014年1月創業。東京大学大学院情報理工学系研究科准教授の川原圭博が論文発表した新たな技術から生まれた産学連携企業。家庭用プリンターでも紙に電子回路を印刷できる銀ナノ粒子インクのカートリッジなど、誰もが電子回路と触れ合えるプロトタイピングのためのツールの開発・製造が事業の核だ。

同社は昨年行われた、デジタル・ファブリケーション(製造)領域のクリエィティブアワード「YouFab Global CreativeAwards 2014」で準グランプリを受賞。審査員を務めたMITメディアラボ所長の伊藤穰一は次のように評した。

「アート、デザイン、エンジニアリングが“脱専門的”に美しく結びついた(中略)。遺伝子から宇宙まで、どんなスケールにも適用できるこのようなデザインの好例といえる」

取材場所には、デザイナーでエムテドCEOの田子學と組み制作した、導電性インクで描かれた大判出力されたインタラクティブアートが置かれていた。白いスクリーンに描かれた銀のグラフィカルな多角形は、電子回路とセンサーにより、人が触れるとLEDが点灯する仕掛けになっている。

その横には、“光る折り紙”がある。平面に印刷された電子回路が折り紙同様に折られ、立体化。折り目同士が触れ合うと、回路がつながり、発光する。テクノロジーとデザインの融合だ。

同社はツールの販売にとどまらず、広告、教育、アート分野でパートナーと組み、様々なことを仕掛けている。

たとえば、CARAT、中国Yorenと組み、紙に印刷された電子回路とセンサーで、紙によるデジタル広告を実現するメディア「ICPAPER」を開発。

屋外ポスターや雑誌・新聞などの印刷媒体、商品パッケージなどへの応用を想定している。また、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科のミラノサローネ2015のブースに展示した、昼はポスター、夜は照明として利用できる「光るポスター」には技術提供し、好評を博した。さらには、小学生向けのワークショップまで開催している。

「今後も、我々だけでプロダクト制作の全てを行うのではなく、デザイナーやアーティスト、教育関係者、ワークショップを行う子どもまで、多くの人のアイデアやネットワークと組むことで、これまで見たことのないものを生み出していきたい」(杉本)

従来は少なかった、こうしたテクノロジーとデザイン、ビジネスの融合について、杉本は次のように話す。

「(アートとスタートアップの祭典の)SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)を現地で見ていると、特別にそれらの間に壁を感じたことはない。むしろ、融合させるべきだ」

デザイナー共同創業企業が躍進

現在、テクノロジーとデザイン、ビジネスの関係性が大きく変わってきている。その象徴が、今年のSXSWで発表されたジョン・マエダのレポートだ。

「10年以降、デザイナーが共同設立した27社のスタートアップがグーグル、フェイスブック、ヤフーなどといったテック企業に買収された」

「デザイナーが共同設立した5社のスタートアップは2.75ビリオンドル(約3,300億円)以上の資金調達をした。この他にも例は存在する」

「6つのベンチャーキャピタルが昨年はじめてデザイナーをチームに登用した」

デザインとテクノロジーの両方を追求する、著名なグラフィックデザイナーである同氏。自身も13年、世界最大級のベンチャーキャピタル・KPCB(クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ)のデザインパートナーに就任し話題となった。そんな同氏による報告は、ビジネスの成功にデザインが重要な時代になったことを強調している。

筑波大学助教授でメディアアーティストとしても活躍している落合陽一は15年、共同研究者の星貴之、前出のデザイナー・田子學とともに米国でPixie DustTechnologiesを創業した。現在27歳の研究者兼アーティスト兼起業家というこれまでにない新たなキャリアを築いている。

「アカデミック、産業、デザイン、アートの壁を壊すことが大切。研究から社会実装するまでの期間を短縮するのが僕らの世代の課題だ。研究者の基本スタンスとして、プレイヤーとして社会に価値を問うていかなければならない」(落合)

その中で、早くからデザインを重視してきた背景と可能性については次のように話す。

「現在、デザインの価値はものすごく高い。自分たちが考えているメタレイヤーの概念や哲学を人との対話関係に落とすためにはインタープリター(翻訳者)となるデザインが絶対に必要になる」

アントレプレナー・ムーブメントの中で、技術とデザインを融合させる次世代の起業家が生まれ始めている。

フォーブス ジャパン編集部 = 文 平岩 享 = 写真

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