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漢能控股集団(ハナジー・ホールディングス・グループ)は誰も考えつかない方法で、太陽エネルギー産業のトップのポジションを奪取しようとしている。かつて水力発電で成功を収めた李河君は、今回もまたうまくいくだろうか?

「多くの同業者の目には、私は破壊者に映るでしょうね!」
北京オリンピックの広大な施設を改造した2万2,000㎡の社屋で、46歳の李河君(リ・ヘジュン)は挑発するような笑みを浮かべる。なぜ彼は自らを破壊者と言うのか。そこに彼の信条と成功の秘訣があるようだ。

日頃から「クリーンエネルギーで世界を変える」と豪語する彼は、「漢能控股集団(ハナジー・ホールディングス・グループ)」の創業者である。ハナジーは、水力、風力、太陽光の3つのエネルギーを主な業務としている。
「2035年には、世界のすべてのエネルギーの半分は再生可能エネルギーになる。太陽は“ないところがない”ものであり、汚染が深刻な北京の空気の向こうにも太陽はある」
輸入石油に依存し、煤煙を大量に排出する中国にとって、李の話は素晴らしい夢だ。2012年には、米国のファースト・ソーラーを抜いて、ハナジーは世界最大の薄膜太陽電池企業になったと宣言している。

一方で、2012年11月、中国の経済誌『新世紀週刊』は、巻頭で「霧の中のハナジー」という記事を掲載。同社の巨額すぎる投資を批判している。太陽エネルギー帝国をつくるために、地方政府や銀行を束縛していると指摘するのだ。
李が事業を始めたのは1991年。学校の恩師から5万人民元を借りて、鉄道運輸、採掘、不動産売買、玩具、ミネラルウォーターの販売など何の関連性もない業務を17人の社員で始めて、3年で8,000万人民元の資本を蓄積した。

「これほど多くの金銭を手に入れて、当時は何をすればいいかわかりませんでした」と言う李は、水力発電所の買収をもちかけられた。小さな水力発電所を買収すると、エネルギー産業の魅力に気づいたのである。

1990年代は、中国全土で小規模水力発電所が大躍進した時代だった。その数、1万カ所以上。大半が民間事業である。李は次々と買収し、2002年に大転換を迎える。当時、雲南省政府は長江水系の上流で民間資本による開発を切実に望んでいた。そこで李は10億人民元を投じて事前調査を行い、金沙江の中流に8基100万KW 級の水力発電所を計画したのだ。総出力は三峡ダム水力発電所を上回るものだった。巨大プロジェクトへの民間参加など、前例がない。

雲南省政府は8基のうち6基を李と契約。ところが、だ。国務院の発展改革委員会が、李の事業を不認可としたのだ。怒った李は「国有企業のパイを奪おうとしたから、認可しないんだ」と勘ぐった。しかし、これだけ巨大な発電所は、これまで国家が軍隊を動員してとてつもなく長い年月をかけて完成させている。それを1民間企業が請け負うなど、大風呂敷もいいところだ。

「当時の私は、自分にできると思えたんです!」と、李は譲らない。そこで彼は、なんと発展改革委員会を告訴したのだ。
李は雲南省政府との契約書を盾にして法廷で闘った。結果は和解だった。といっても、李が得るものは大きかった。6つの発電所のうち、資源的に最良で出力300万KWの「金安橋発電所」を取得。他の発電所は国有になったが、彼は株主として参入。また事前調査への投資については補償を受け取ることができた。

ただし、建設が始まると、李の想像をはるかに上回る困難が待ち構えていた。
「例えば、住民の立ち退きに関する問題では、下は村長から上は総理に至る官僚を相手にせねばなりませんでした。技術的にも、工事の難易度は三峡より高かった。水の流れが急で、20tもある石を縛り上げて投げ込んでも、すぐに流されてしまうほどでした」

最大の難関は継続的に投入せねばならない巨大な資金の圧力だった。
「金安橋発電所の建設には8年もかかった。毎日の資金投入が臼のように私を圧迫して、息ができないほどでした。ピーク時には毎日1,000万人民元にも上った資金投入に対応するために、一方では融資や貸付を頼むためにあちこち走り回ったのです」

さらに、それまでに買収してきた小規模水力発電所を売却するしかなかった。すでに収入源として優良な資産となっていたものも含めて、だ。「金安橋発電所はたくさんの小さな水力発電所でできているんですよ」と、彼は言う。
 8年の歳月と累計投資額200億人民元を超える金安橋プロジェクトで、管理を担当していた副総裁は途中で逃げてしまったという。

「うまくいくはずがない、私と一緒にいたらいまに牢屋に入ることになると思ったのでしょう」
水力発電の分野ではうまく行くようになったが、彼は密かに、周期が長すぎるこの産業では猪突猛進できないと感じるようになっていた。
「すでに100万KW級の水力発電所をやっているので、私個人にとって水力発電所はチャレンジではなくなったのです。企業のかじ取り役として私は、将来をどうしていくかを考えなければなりませんでした。ハナジーは産業的にさらにアップグレードしなければならないのです」

李の次の転身は、太陽光発電であった。2006年の太陽光発電のコストはおおよそ1KW/時あたり3人民元。対して、水力発電のコストはたった0.08人民元だった。当時、太陽光発電の1KW/時のコストを人民元から1人民元までに下げるのにはだいたい30年は必要で、1人民元から0.5人民元までに下げるのには50年かかると予想されていた。

ところが、である。2006年から2009年までのたった3年で、太陽光発電のコストは3人民元から1人民元となり、その後の2年で0.5人民元まで下がったのだ。これは電池モジュールの効率などの要素が影響したことによる。

2008年、太陽光発電の世界の設置量は2年前の2倍となり、2009年、李はついに太陽光発電に参入することを決めた。李は風力発電分野にも挑戦していたが、風力は利益が薄く、よい風力資源の基地を取り合わなければならない。また、電力網への接続の問題で、発電した電力を無駄にせざるをえず、気を抜けばすぐに損失を出してしまう現状がある。李は風力発電にも水力発電にも飽き飽きしていたのだ。

太陽光発電業界には、李を興奮させる発見があった。シリコン型か、薄膜か。長く論争になっているもので、これは白黒テレビかカラーテレビかほどの違いがある。現在、太陽電池業界では9割をシリコン型が占めており、薄膜の比率は1割にも満たない。ハナジー内部でも、どちらを選ぶかについては論争が起こった。李は彼以外の全社員と対立した。
「私以外の全社員がシリコン型をやろうと一致しました。私たちの水力発電所のそばにシリコン型電池の工場をつくり、すべての競争相手をやっつけてしまえば、すぐに儲かる! というものです」

しかし、李は「シリコン型はハードルは低いが、欧米ではもう誰も手を出さなくなっている」と反対した。
2009 年、薄膜をつくり始めると、李の「壮大な計画」はほとんどすべての人に驚かれた。彼は2 年間で薄膜の生産能力を2GWまでもっていき、世界トップとなると宣言したのだ。

業界内でほぼ一致した見方が、「李河君は狂っているのではなく、詐欺師なのだ」というものである。中国国内ではシリコン型電池が大いに発展しているのに対して、薄膜電池企業は「ぬるま湯のような発展」しか遂げていない。それでも李はまったく気にかけず、3年で全国9カ所に太陽電池製造基地を設置。どの基地も最初から生産能力は250MW以上で、長期的には総生産能力がどの基地でもGW級に到達するよう計画されている。

「小規模から始めてゆっくりと拡張すべきだという考えもあるだろうが、必ずいっぺんに規模を確保しなければ成功の希望はない」と、彼は考える。失敗した企業は「太陽電池に“ 全力を注ぐ”ことをしなかったからだ」と彼は思っているのだ。

「薄膜には二重のハードルがあります。それは技術と資金です。失敗した企業はどちらもそれらを整えていなかった」
李は太陽光発電を一貫して自社内で行う。川上の太陽電池やモジュールの生産ライン設備から、川中の電池、モジュールの生産、川下の太陽光発電所での発電まで、彼はすべてを一手にやろうとしている。

2011年、李は資本市場の運営を通じて、香港上場の薄膜シリコン太陽光設備メーカー「鉑陽太陽能」の実質的な経営者 となり、それによって設備製造に参入した。
太陽光発電技術に触れたことのないハナジーは、“グローバル技術統合” 戦略を実施した。ハナジーは世界規模のM&A委員会を設立、それは技術グループと事務手続きグループという、特に重要なふたつのグループからなり、彼らの仕事は世界の技術を見てM&Aを行うことだった。

「世界700余りの太陽エネルギー企業も、最先端の薄膜技術もすべて私たちのデータベースに登録されています」
李はそう言う。彼は太陽電池は薄く、柔らかくなる傾向があることを認め、「私たちはそのうち5社をM&Aの対象に選びました。彼らを傘下に収めることができれば、世界の薄膜技術の最高のものを手に入れたことになります。結局、私たちはそのうち3 社を買収し、残りの2社は倒産しました」。

買収した3 社とはドイツのソリブロ社と、米国のミアソーレ、グローバル・ソーラー・エナジーで、3 社すべてが薄膜分野で最も人気がある、シリコンを使わないCIGS技術(光を電気に変える効率がよい技術)の会社だ。こうした買収で「薄膜ドリームチーム」の組織が可能になったといえる。
 
しかし、太陽光発電分野の第三者研究機関であるソーラーバズのシニアアナリスト廉鋭は、疑問を投げかける。
「ハナジーが買収した3社の薄膜企業はいずれもCIGSを扱ってはいますが、生産ラインがまったく異なっており、それを統合するのは短時間では無理でしょう」

 これについて李は反論する。
「買収した企業の技術は、つなぎ合わせることができるものはつなげ、結合できないのであれば“ 置いて”おくことで、将来のライバルを減らせるのです」

2012年、欧米から太陽電池の「反ダンピング・反補助金」調査を受けた影響で、受注を獲得しにくくなっている。それでも、ハナジーの広報部門によれば、8つの基地では生産能力3GWのラインがすでに操業に入り、2014年にはフル稼働を実現することが可能で、生産能力は引き続き増加するとしている。

ハナジーの8つの生産を開始している工場への総投資額は、海外での買収に投じた資金や海外企業の人件費、研究開発を続けるために必要な費用などを除いても、すでに260億人民元を超えている。控えめに見積もっても、2009年に太陽光発電分野に参入してから、李が薄膜分野に投じた資金はすでに300億人民元を超えている。
 
冒頭で紹介した『新世紀週刊』は資金ルートに疑問を投げかけるが、李は「水力発電事業で、毎年、40 億人民元あまりのキャッシュフローをもたらしている」と反論する。しかし、ハナジーの水力発電業務の出力の半分を占める金安橋水力発電所は2011 年に発電を開始したばかり。この水力発電所には200 億人民元余りを投資し、依然として銀行への長期返済項目となっている。

2014年、ハナジーは現在の薄膜シリコン太陽電池の生産能力を基礎に、さらに80億~100億人民元を投じて、GW級の生産能力を持つ国産のCIGS生産ラインを建設する。李の長期的目標は、2020年に薄膜太陽電池の生産能力を10GWとし、同時に3社を上場させることだという。命運は彼に味方するだろうか?

bunn アダ・チン

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