確かに、破天荒な物語であることは間違いない。なにしろメキシコの麻薬カルテルの首領が、性別適合手術を受けて、女性として残りの人生を全うしようとする物語なのだ。「波乱万丈」という言葉では言い表せないくらいの奇譚かもしれない。
しかし、このおよそあり得ないようなライフストーリーが、妙にリアリティを帯びるのは、アクロバティックな人生を選ぶ主人公を演じているカルラ・ソフィア・ガスコンに負うところが多いように思う。
彼女は1972年、スペインのマドリードの生まれ。母国でキャリアを積み、その後メキシコに移住。彼の地で多くの映画やドラマに出演してきた。2016年にトランスジェンダー女性であることを公表し、 2018年には性別適合手術も受けている。

そのガスコンが演じる麻薬カルテルの首領マニタス・デル・モンテは、どう見ても凶悪な男性なのだか、劇中で見事に妖艶な女性であるエミリア・ペレスに生まれ変わる。
おそらく、この役柄を演じられるのは、世界広しといえども彼女しかいないのではと思わせるくらい、その存在はこの数奇な物語のなかで際立っている。
「エミリア・ペレス」は、昨年の第77回カンヌ国際映画祭では女優賞に輝いた作品だが、その受賞者もまた異例だった。通常なら1人に贈られるはずの賞が、この作品に出演した4人の「女性」たちに与えられたのだ。
前述のカルラ・ソフィア・ガスコンはもちろん、弁護士リタ役のゾーイ・サルダナ、主人公の妻ジェシーを演じたセレーナ・ゴメス、エミリアの恋人エピファニアのアドリアーナ・パスが受賞。会場では4人を代表してガスコンが、プレゼンターを務めた役所広司から賞を受け取った。
審査委員長で映画「バービー」(2023年)の監督でもあるグレタ・カーウィグは「それぞれが秀でてはいたが、4人一緒になると超越していた」と手放しで彼女たちを絶賛。その意味で「エミリア・ペレス」は「女性」たちの物語でもあるのだ。