かつては単なる実用品とみなされていた筆記具やノート、手帳が、いまやライフスタイルを彩るアイテムとして注目されている。その評価は機能面だけでなく、美しさや職人技、そしてそれらがもたらす心の落ち着きにまでおよぶ。これは、昔の道具を懐かしむだけの現象ではない。デジタル漬けの時代だからこそ進む、アナログへの文化的なシフトなのだ。
カレンダー、メモ、買い物リスト、署名に至るまで、生活のほぼすべてがデジタル化されている現代。そんな世界で予期せぬムーブメントが広がっている。ソーシャルメディアやブティックショップ、そして増え続ける愛好家コミュニティの間で、文房具(ステーショナリー)が復活を遂げているのである。
パンデミック以降も堅調に伸びてきた世界の文房具市場は、2020年代の終わり頃までに数千億ドル(数十兆円)規模に達すると予測されている。しかし話題となっているのは市場規模だけではない。スクリーンの中で育ってきた世代が、なぜ改めてペンを紙に走らせる喜びを再発見しているのか──そこに注目が集まっている。
単なる流行ではない文房具ブーム
この復活は一時的なものではない。触覚を伴うアナログ体験への回帰は、長年にわたり、さまざまな文化的・消費者的トレンドに支えられてきた。パンデミック期には、自己表現やマインドフルネスの手段として手書きや日記、カリグラフィーが注目され、その習慣が定着した。キーボードで入力するのとは異なり、手書きには集中感や没入感があり、これこそがデジタル生産性アプリが台頭してもなお、紙の手帳やバレットジャーナル、美しく作られたノートが根強く支持される理由なのだ。
同時に、文房具を取り巻く認識も変化している。かつては実用性だけが重視されていたカテゴリーが、いまや憧れの買い物対象へと進化した。高級文房具の需要が伸び、高品質な万年筆や活版印刷のカード、リネン装丁のノートなど、芸術性と個性を兼ね備えたコレクションが続々と登場している。これらは使いやすさだけでなく、美しさの観点からも手に入れたいと思わせる存在になっている。