トランプ2.0の最初の指令は、トランプ1.0の時と同様、パリ協定からの離脱だった。トランプ大統領は、化石燃料を掘って掘って掘りまくれ、と言っている。米国のパリ協定からの離脱は、全世界での脱炭素化の意欲をそぐことになるだろう。これに対して、欧州、日本、中国はどう対応すべきなのか。
地球温暖化の原因となるグリーンハウスガス(主に二酸化炭素なので、以下CO2)の大気中への蓄積は、排出国と影響を受ける国との対応がつかない、世界的な公共財の問題で、世界的な対応が求められている。
CO2排出量の国別ランキングのトップ3カ国は、中国(32%)、米国(13%)、インド(8%)で、世界の排出量の50%を超えている。中国、インドは経済発展に伴いCO2排出は増え続けており、減少への転換点はまだ先だ。米国もトランプ政権の政策転換で、米国内のCO2削減の動きは、これからの4年間で大きく減速することになるだろう。トップ3カ国が排出量を減らさないなかで、ほかの国がCO2を削減したとしても、トップ3カ国にフリーライドを許すことになる。かといって、CO2削減にむけた技術革新や努力をやめてしまえば、地球温暖化が加速することは間違いない。
公共財を守る(温暖化ガスの排出を減らす)有効な世界的な仕組みはいくつか考えられる。第1に、各国ごと、さらに各国内の産業ごとに、厳格な排出規制を課し、排出権取引を認めたうえで、規制値を超える国、産業にはペナルティを科す、という方法である。これは基本的に京都議定書で試された方法だが、加盟国の削減幅の交渉が難しいのと、中国など新興国、途上国は、削減対象に含まれていなかったことなどから失敗した。
第2の方法は、国ごとに自主的な目標を設定、同調圧力を使って削減を進める方法である。パリ協定では、目標設定は自主的だということで多くの国の参加を得ることができた。さらに、CO2排出のネットゼロを多くの国が2050年までに達成する(一部途上国は2060年)と宣言したので、これをコミットメントとみなすことができれば、2050年には、これ以上CO2の排出は増えないはずである。しかし、米国が離脱することは、同調圧力を主な動機付けの方法とするパリ協定にとっては大きな痛手となる。
第3の方法は、CO2の排出に課税する方法である。どの産業、企業が排出してもCO2当たり同じ税率を課すことにより、いちばん効率的にCO2削減に取り組むインセンティブを与えることになる。世界で同じ税率を課すことができれば、全世界的に効率的に、しかも公平に、CO2削減に取り組むことができる。
一方、国ごとに、税率が異なれば、排出量の多い産業は、税率の低い国へと生産工場を移転して、CO2の排出を続けることになる。それを防ぐためには、税率の高い国(例えばEU)が、税率の低い国(日本、米国、中国、インドなど)からの、CO2を排出しながら生産された工業品などの輸入に、CO2の税率の差に相当する分の環境税を課すことが重要となる。このような国境での環境税をEUは炭素国境調整措置(CBAM)と呼んでいる。EUのCBAMは現在のところは、セメント、肥料、電気、鉄鋼、水素、アルミニウムを対象に暫定的な適用が行われているが、今後は、品目を拡大しつつ本格導入を目指している。
日本ではカーボンプライシングに対する産業界からの抵抗が強い。パリ協定のような自主的目標を掲げて努力することには前向きでも、炭素排出量にリンクした価格(あるいは課税)はコストが上がって産業競争力を失うという考え方が支配的である。
しかし、カーボンプライシングの設計次第で(例えば、現在生産中の企業へは、生産実績に応じて補助金を支払うことで)カーボンプライシングのコスト増を帳消しにする初期措置を考えることができる。重要なことはEUのような炭素国境調整措置が拡大するときに、不利にならないような仕組みづくりである。EUの炭素国境調整措置(関税)を支払うより、国内で炭素税を払い(一部を還付してもらう)ほうが、国益にかなっている。
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D.取得)。1991年一橋大学教授、2002〜14年東京大学教授。近著 に、『Managing CurrencyRisk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2nd Edition、共著)。