アーティストは世界の課題を伝えるストーリー・テラーだ
クリスタル・アワードは、世界が直面する最も差し迫った課題に対処するための創造力とリーダーシップの力を体現する個人をたたえるものだ。世界経済フォーラム「アートとカルチャー」部門長のジョセフ・ファウラーは、山本が受賞者に選ばれた理由をこう説明する。
「彼には哲学がある。彼が生み出す建築は、人々が出会い、交流するための入り口だ。彼がデザインした空間に足を踏み入れると、私たちはお互いにどのように影響し合うのか、デザインが人間の体験にどのような影響をもたらすことができるのかという点にまで考えがおよんでいることがわかる。クリスタル・アワードは、文化界のリーダーの創造性や芸術的貢献のみをたたえるものではない。人類や地域社会への貢献をたたえるものだ。そして、これこそが山本が表彰された理由なのだ」

世界はいま、分断のさなかにある。互いを非難する言葉は容易に見つけられても、互いを媒介する共通言語は見出せずにいる。耳障りの悪いことはフェイクだと切り捨て、敵とみなせば容赦なく攻撃(口撃)する。
二元論をよしとするひと握りのリーダーたちの手によって、地球というコミュニティは岐路に立たされている。それでもなお、いや、だからこそアートやカルチャーの存在意義は大きい。ファウラーは言う。
「アートやカルチャーは人の心と心を結びつけ、物語に感情をもたらす。たとえば気候変動について話をするとき、数字を並べるだけでは『冷たい会話』になる。しかしアートが介在すると、私たちは人間的で感情的な会話をすることができる。アーティストは、世界が直面している非常に複雑で困難な課題を説明するストーリー・テラーなのだ」
スピーチの終盤、山本は大阪万博を例に挙げながら「都市開発がコミュニティの人々を苦しめることにもなっています」と、日本の都市開発のあり方に苦言を呈した。
「物理的な建築や都市は、そのコミュニティの人たちの記憶あるいは考え方を未来に伝えるためのメディアであり、シンボルでもあると思います。都市や建物がなくなってしまったら、未来に伝えることができません」
建築や都市というメディアを通じて人類や地域社会に何を伝え、何を残すのか。山本の作品は、山本の語り部そのものだ。そして、ストーリーテリングの力が求められるのはビジネス界も同じだ。山本が放つ曇りのないメッセージに、複雑な時代を生きるリーダーのあるべき姿を見た。