向かうべき方向を示すのは、アジサシの脳内にある「頭方位細胞」だ。これは、航行や空間認識において主要な役割を果たす神経細胞(ニューロン)で、哺乳類や鳥類を含む多くの動物の脳に存在する。
2016年9月に「英国王立協会哲学紀要(フィロソフィカル・トランザクションズ)B:生物化学」に掲載された論文は、キョクアジサシが追い風や横風を利用してエネルギーを消耗することなく飛行する仕組みを解き明かしている。
この鳥は、熱上昇気流に乗って滑空するため、必要以上に羽ばたかずに済むのだ。
どういうことかというと、日中は地面に近い空気が熱せられて上昇するので、これに乗れば高く舞い上がれる。こうすることで大幅に消費エネルギーを節約でき、滑空しながら眠ることも可能になる。
また、海面近くを滑空しながらエサ場を見つけることもできる。キョクアジサシは泳ぎが不得手なため、海水面に近いところを泳いでいるニシンやイカナゴ、タラなどの小魚をくちばしを使って捕えている。長旅に不可欠なタンパク質を手っ取り早く補うために、オキアミや昆虫をすくって食べることもある。
キョクアジサシが南に向かう際には、北米~アフリカの海岸線近くを飛行する。大西洋上を飛ぶ個体もいれば、太平洋上のルートを選ぶ個体もいる。1日に480kmもの距離を飛び、その間に休むのは、エサを食べるわずかな時間だけだ。
風は常に変化しているので、渡りのタイミングや高度も考慮しなければならない。最適な高度を飛行できれば、風の吹き方も一定になる。空中でのあらゆる動きが貴重なエネルギーの消費につながる。しかも、鳥が使えるエネルギーは、そもそもあまり多くない。
旅の途中は、襲いかかってくる恐れのある猛禽類やカモメたちにも注意を払わなければならない。一方でキョクアジサシ自身が、小型ながら、他の鳥にとって脅威になることもある。この種の鳥は、急下降して他の鳥を驚かせ、エサをかすめ取る「労働寄生」と呼ばれる行動を示すことが確認されているからだ。
キョクアジサシは現在、世界各地に多数生息している。一部の推計では個体数は200万羽に上り、うち半数が欧州北部に生息するという。しかし2、3年に一度しか「つがい」を作らず、いちどに平均2個しか産卵しない。
長い距離を渡る習性があることから、キョクアジサシの保護にはかなりの困難が予想される。繁殖地、エサ場、越冬地が世界中に散らばっているからだ。しかも、これらの場所は個体群によって異なるため、キョクアジサシの追跡と保護は非常に骨の折れる作業となっている。
(forbes.com 原文)