事業継承

2024.08.19 16:00

決算書の行間から社長の未来が見える

入山章栄 (早稲田大学ビジネススクール)× 安藤智之 (M&A works)

中小企業の経営者を悩ませる「事業承継」。日本経済の未来を左右する課題に、早稲田ビジネススクールの入山教授とM&A worksの安藤社長が切り込んだ。


入山章栄(以下、入山日本の中小企業の問題点は、いうなれば「ゆでガエル」のような、危機に直面しているのにやり過ごしている点です。大企業には上場企業も多く、業績が振るわないと、株価というかたちで資本市場の圧力がかかります。ファンドや、アクティビスト(モノ言う株主)も積極的に経営に介入しており、新陳代謝が進みやすい。
 
その点、中小企業はほぼ非上場なので圧力にさらされず、のんびりしている傾向がある。上場企業であれば、事業承継に関する計画の有無も株主から厳しく問われますが、中小企業の場合は、肝心の後継者が見つからないままにしている。そうした企業が抱えている技術や雇用を守るためにも、新陳代謝は大事なのです。その点からも、M&A(合併・買収)は不可欠だと私は考えています。

安藤智之(以下、安藤「新陳代謝」を社会インフラの観点から見ると、背景に中小企業金融円滑化法の存在もあるのではないでしょうか。経済環境が急変した状況下で、中小企業が大量に潰れることを防ぐための特別立法です。経営者や従業員の人生を考えると、潰れるのはしかたないなどと簡単には言えませんが、新陳代謝が止まっている実態があるのは、M&Aの現場でも感じています。
 
もう一つは、M&Aにより、経営課題を抱えている中小企業が飛躍できる可能性についてです。その一例がデジタル化(DX)です。私がM&Aのお手伝いをした、東海地方の卸売業では、譲受企業と一緒に経営会議にも参加してデジタル化により効率化したところ、5年以上連続で赤字が続いていた状態から、1年弱で約1000万円、2年で3000万円弱の黒字を実現しています。無駄を省けたことで、今では新規事業も生まれています。

入山:今、M&A仲介事業会社が急増しています。中小企業にとって選択肢が広がる一方で、自社に合った仲介会社を選ぶときの基準や視点が重要になってきていると感じています。

安藤:弊社の場合、顧客の経営や投資判断を少しでも正確に理解するために、決算報告書を20年分見ることもあります。それも、総勘定元帳の項目すべてを確認します。M&A仲介業者の多くは3年分の決算書を分析します。つまり、過去3年分の実績で将来の5年間以上の経営予測をしているのです。これは、金融機関が企業のデフォルト率を計算する手法としては良いと思いますが、「投資」という性質を持つM&Aには即していない。

リーマンショックのようなイベントが発生したとき、業績が落ちた会社の経営者がどのような投資判断を下したのか。慎重か、逆張りか──。過去の分析を丁寧に行い、質問を重ねることでその経営者に見えている「勝ち筋」がわかります。経営者が過去のつながりで得た知見や人脈、リソースやネットワークなど、決算書以上の要素が浮き彫りになり、私たちの顧客への理解も深まります。その点、3期分だと得られる情報が限られてしまいます。
 
また損益計算書(PL)の場合、費用は売り上げや利益に先立つという基礎概念がありますが、PLとは法人が納税するために作る申告書として12カ月で区切ったものです。しかし、発生した費用が必ずしも同じ決算期内で売り上げとして計上される訳ではないという点から、12カ月では企業の収益力を正しく測れません。本来はプロジェクトごとで管理すべきものです。
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文=フォーブス ジャパン編集部 イラストレーション=オリアナ・フェンウィック/シナジー・アート 写真=小田駿一

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