死は、おそらく人生で唯一約束されたものだ。自然かつ避けられないものだが、それでいて現代の神経科学において最もとらえどころのないテーマの1つのままだ。
もちろん、我々は死とは何かを知っている。肺が静止し、鼓動がなくなり、すべてのシステムが停止する。だが、命が尽きる最後の瞬間に精神がどうなるのかについてはわかっていない。
これについては何十年もの間、私たちは伝承や臨死体験者の証言を拠り所としてきた。燦然と輝く白い光を見たと言う人もいれば、純粋な安らぎを覚えたと言う人もいる。だが、文化を超えて根強いのが「走馬灯を見る」というものだ。研究者らはこの現象を「ライフレビュー」と呼んでいる。
最近までこの現象は証明不可能で、伝承と願望が半々だった。だが専門誌『Frontiers in Aging Neuroscience(フロンティアーズ・イン・エージング・ニューロサイエンス)』に2022年に掲載された研究では、まったく予期せぬ偶然から驚くべき知見が得られた。死の直前と直後の脳の活動を初めて垣間見ることになったのだ。
死の前後のわずかな時間に、ライフレビューと驚くほどよく似たことが起こっていた。
偶然の「死にゆく脳の記録」
研究は死を念頭に置いてたものではなかった。神経科学者らのチームは、てんかんを患うカナダ人男性(87)の定期の脳波(EEG)検査を行っていた。検査の目的は、発作の理解を深めるために脳の活動をモニターすることだった。だが、測定中にその患者は心臓発作に見舞われた。
研究の著者らは「患者の家族と話し合い、患者が蘇生処置拒否(DNR)の意思表示をしていたことを踏まえ、処置は行われず、患者は亡くなった」と説明している。
研究チームは患者の死の前後の計約15分間、脳の活動を測定した。そして、標準的なデータ収集だったはずのものが、死にゆく人間の脳の記録として初めて知られるものとなった。
この偶然の出来事によって、研究者らは死を迎えるときに脳で何が起こるのかをリアルタイムで観察することができた。しかし、驚くべきことが起こったのは患者の心臓が停止する前後の30秒間だった。
30秒間に起こったこと
「心停止の前後に特定の帯域の神経振動に変化が見られた」と研究の共著者のアジマル・ゼマール博士は専門誌『Frontiers in Psychology(フロンティアーズ・イン・サイコロジー)』で語っている。