企業の精神や性格も表現できる
環境音に加えて、「情緒音」を取り入れることにも挑戦している。安藤が今年3月に手がけたRelicというスタートアップでのBGM制作では、社員たちにも参加してもらい、まず会社が定めている8つのブランドパーソナリティを深堀り。そしてそれらに紐づく最適な音を探した。例えば、「挑戦」というパーソナリティについて、「どんな状況でも笑い飛ばすこと」と解釈し、社長や社員の笑い声を集音する。自社の「プロダクト」について、「可能性を拡げるもの」と捉え、風船を膨らませる音を集音する。こういった具合に、代表の笑い声、開演ブザーの音、拍子木を鳴らす音、新卒社員の雄叫び、ハイタッチなど17の音を採り、それぞれの音をつなぎ合わせてブランドBGMにした。その企業の精神や信念、性格といったイメージを表す音が情緒音だ。
企業(ブランド)や地域、人など、具体的な存在の個性を表現できる生活音や環境音を「象徴音®」と定義した。
「クリーンなイメージを押し出すならキレイな音を使った方がいいし、遊び心を大事にしている企業ならコミカルな音を使うといった工夫が必要。 環境音だけだと一部の人にしか伝わらない可能性もありますが、人の声や性格がわかる音が入ると、より多くの人に届けられます」
電話の保留音に起用
こうした取り組みで重要になるのは、音から企業を想起できるほど浸透させられるかどうかだ。安藤は「まずは接点を増やしていくことが必要」という。Relicでは、コーポレートサイトやSpotify、電話の保留音、会社のエントランスで流している。実は効果もで始めており、ホームページを訪れた人の平均直帰率が20パーセント改善されたという。「ブランディングや広告では『相手の脳の時間をどれだけ奪えるか』が重要とよく言われます。コーポレートサイト5秒程度のサウンドロゴ(モーションロゴ)を流しているのですが、その数秒で、Relicがブランディングに注力している面白い会社、いい会社として思ってもらえているのかもしれません」
安藤のもとにはさまざまな企業や自治体からの依頼が舞い込んでいるが、最初は必ず「うちに音なんてありますか?」と問われるという。たとえば工場をもつ企業では、「製造現場はあるけどうるさいし……」と後ろ向きなのだ。
音は基本的にどんな場所にも存在している。そして、慣れ親しんだ音ほどあえて意識することは少ない。だが、三井化学が「踏切の音」さえ楽曲にしてしまったように、耳慣れたいつもの「製造現場の音」も、「ブランディングにつながる資産」に生まれ変わる可能性を秘めている。
安藤コウ◎CREATIVE SAMPLING COLLECTIVE『スポンジ バンッ バンッ』の主宰。1989年生まれ、東京育ち。デザイン思考を学び、スタートアップスタジオでの事業立ち上げ及び事業開発支援を経て、2023年に現コレクティブを設立。音を活用したコミュニケーション課題解決に注力している。