2023年10月、東京の八芳園に、シャンパーニュ地方から19の生産者が集結した。多くは小規模の栽培農家の造り手だが、その共通点は、皆、オーガニック栽培の認証をもつ「オーガニック・シャンパーニュ協会(ACB)」の一員であること。
シャンパーニュ地方は、もともとワイン用のブドウが栽培可能な“北限”に位置する。年によっては雨がよく降り、病害のリスクが高く、オーガニックやビオディナミ(生体力学農法)といったブドウ栽培が容易ではない地域だ。その条件下でも除草剤や化学肥料の使用を最小限に抑え、真摯に畑づくりに取り組んできた栽培農家や生産者がいる。その先導により、産地全体に変化が起き、2007年時点でシャンパーニュ全体の0.4%だったオーガニック農法による栽培面積は、22年には7.9%にまで20倍近く拡大した。
すべては畑への注力から
ワイン造りは畑からというが、実に、材料となる良質なブドウがなければ良いワインは造れない。数ある工程のなかでも土台となる土壌づくりに力を入れ、結果として、表現豊かなブドウの収穫を迎える。愛媛県出身の農学者、福岡正信が提唱した自然農法「不耕起、無肥料、無農薬、無除草」が、世界の名だたるワイン生産者に影響を与えているとも聞く。前ACB会長で、栽培醸造家のパスカル・ドケは、「10代のころから(ビオディナミを提唱したドイツの哲学者ルドルフ・)シュタイナーの本を読み、自然や土壌の健康を守るために、我々が変わる必要性を感じていました。家族の畑を引き継いでワイン造りを始めたとき、オーガニック栽培に転換するのは自然なことでした。だんだん仲間も増え、当初15人程度だったオーガニック生産者は600人近くになりました」という。
ドケの畑を歩くとふかふかと柔らかく、植物の多様性があり、いきいきとしている。
大手としていち早く、1990年代半ばから動き出したのがルイ・ロデレールだ。ロシア皇帝アレクサンドル2世が愛飲した「クリスタル」で知られる同メゾンだが、華やかさの裏には実直な畑仕事と正確なワイン造りがある。今では、シャンパーニュ地方で自社畑のオーガニック認証を取得する最大規模の生産者になるなど、産地を牽引する存在だ。
その醸造責任者であるジャン・バティスト・レカイヨンは、「畑を改善してからワインに土地の特性がますます反映されるようになりました。凝縮度が増し、テクスチャも向上。除草剤や殺虫剤を止めたことで地中の微生物が活発になり、土壌が生きたものになることを実感します。すべては(その先にある)より良い味わいのためです」と語る。