ヘルスケア

2024.05.08 09:15

東大出身元救急ヘリ医のTEDトーク、舌癌で声を失った私が思う「病を治すのは誰か」

舌喉頭全摘手術を受けた筆者自身の場合──現実より「悲観的」だった術前同意の項目


筆者は2022年6月に、頭頚部がん(舌癌)の再発により、舌と声帯を対価に完治を目指す判断を行った。後遺症が安定した後に実施したのは、主治医の勤務する大学病院に対して積極的に医療データを提供、他の病院への情報開示へ同意することであった。

舌喉頭全摘の手術を行うに際しては、術前同意として多数の後遺症への覚悟が求められるが、筆者および全国に少数確認できている闘病仲間からの情報によれば、以下のようないくつかの術前同意の項目には、事実と異なる部分があった。

1. 味覚の完全喪失

2. 鼻から外気を取り込むことができなくなり、嗅覚を喪失する

3. 咽頭での「息を止める行為(排便時のいきみ)」ができなくなり、排便が困難になる

これらは著者が確認した限り正確ではなく、舌喉頭全摘を実施した患者の多くは味を楽しみ、ほっぺたの筋肉で口腔内に陰圧をつくることで香りを判断し、横隔膜でいきむことが可能なので排便に困難を抱える事例は確認できていない。

この様な情報は、患者本人しか確認できないものであるため、患者からの積極的な情報提供がなければ医師や病院側では認知できない。また、希少な手術事例なのでなかなかデータが集まらないのが現実でもある。

「味覚を失うのであれば手術を拒否する」として、悲惨な状況下、亡くなっていった方の過酷な事例もあるが(想像を絶する幸運であることに!)、少なくとも舌を全摘しても食べ物の味は分かる。筆者側からの情報提供により、今後の頭頚部がん関連の治療分野がより発展、深化していくことを期待している。

患者が積極的に医療行為に参加していくことで、一般に40代前後の健康な医療者では想像のできない「患者側の体験データ」を医療現場や医療AIに還元する流れが加速され、より正確、迅速、低侵襲、低コストな医療が発展していくことを願っている。





出野宏一(いでの・こういち)◎AYA世代がんサバイバー/中途失声障がい者。総合商社にて法務業務、IT関連ビジネス、プライバシーテックなどを経験。北京大学への留学から帰任後は、ITテクノロジー関連の新規ビジネス創出を担当していた。2021年に舌癌になり、舌を半分切除。2022年に再発。「過酷な後遺症のある人生となってでも命をとるか?」と煩悶の末、日本でも生存事例の珍しい舌喉頭全摘手術を受け、舌と声を失う。2024年現在は、後遺症他と戦いつつ、がんで声や舌を失う判断に直面した患者や病院への自身の体験を積極的に提供している。

「声を失うことは言葉を失うことではない」

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