しかし近年、「事故物件」の主要な原因として「孤独死」が大きく影を落としていることをご存知だろうか。
日本少額短期保険協会の孤独死対策委員会がまとめている『第8回孤独死現状レポート』では、単身世帯や夫婦のみでの世帯の増加により、孤独死のリスクが大きくなっていることが指摘されている。4月1日には、第211回通常国会において、「孤独・孤立対策推進法」も成立した。
孤独死と聞くとつい、身寄りを失った老人に偏った問題であると想像してしまいがちだが、実態はそうではない。レポートによれば、孤独死者のうち約4割が60歳未満の現役世代であるというのだ。
孤独死の発生から発見までには平均して18日かかる
ところで、同レポートでは孤独死を「賃貸住宅居室内で死亡した事実が死後判明に至った1人暮らしの人」と定義している。死因そのものを限定しているわけではないのだ。彼らの共通項はいずれも部屋の中で、人知れず亡くなったということだけである。特殊清掃……遺体の発見が遅れて腐敗や腐乱を生じてしまった際に室内の原状回復を目的におこなわれる作業……に関係するデータも添えられている。それによると、孤独死の発生から発見までには平均して18日かかるという。
一方、特殊清掃は遺体が放置されてから、一週間もすれば必要になる作業だ。夏場にはますます日数が短くなり、2、3日で腐敗が始まることもある。
孤独死者にはそれぞれの事情があったことは容易に推察できる。他方で、彼らが亡くなった場所は今を生きている人……物件のオーナーや遺族にとって深刻な問題と化す。「事故物件」の問題だ。
当然ながら、事故物件は相場より安価になってしまう。しかし、価格を下げただけでは借り手や買い手の不安を払拭しきれないだろう。そういった情緒的な抵抗感を「心理的瑕疵」という。
「孤独死」は、不動産にとっても大きなリスク
2021年に国土交通省によって発表された「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」によれば、孤独死や特殊清掃といった事象が発生した物件では、次の入居者に対してその旨を必ず知らせなければならないことになっている(老衰や病気による死であり、なおかつ特殊清掃も発生しなかった場合は、その限りではない)。このガイドラインは過去に人の死が生じた不動産の取引に際し、トラブルを未然に防止する観点から作成されたものである。やや冷酷に言い直せば自殺、殺人はもとより、孤独死も不動産にとって大きなリスクとなってしまうということなのだ。
それに、トラブルが全て解決されるわけではない。ひどいときには相続した事故物件を不動産業者に買い取ってもらおうとしたところ、拒否されてしまうというケースさえある。
このように「事故物件」はオーナーや遺族にとって大きな負担となる。それは事後処理の負担だけでなく心の負担にも及ぶ。孤独死者の最期に思いを馳せれば、誰しも(一切の責任がなくとも)罪悪感や良心の呵責を芽生えさせてしまうはずだ。
そういった困難な状況の救世主となる企業がある。彼らは事故物件を専門に取り扱うプロフェッショナルだ。
特殊清掃や遺品整理、供養、「成仏認定書」発行まで一気通通貫に──
たとえばマークス不動産が立ち上げた「成仏不動産」 は「事故物件を誇れる選択肢へ」というコンセプトを掲げる。同社は事故物件を買い取るだけでなく自社販売もおこなっている。そのため事故物件を求める人々のニーズを正確に把握しており、高額査定にも自信を持つ。
誇るのは価格だけではない。同社は買い取りに限らず、特殊清掃や遺品整理、更には供養までも一手に引き受けているのだ。
中でも「供養」まで執り行うというのは驚きだ。同社では日本の仏教の、代表的な宗旨である主要八宗に対応し、人だけでなく土地や建物に対しても供養をおこなう。
しかるべき儀式を経たあと、成仏不動産では「成仏認定書」を発行する。ホームページによれば「ご購入いただく上での安心と新たな価値の提供を目的とした成仏不動産独自の取り組み」なのである。同社は文字通り孤独死者を成仏させ、事故物件を再生させるために心を尽くしているのだ。事故物件の処理をしなければならなくなった人は、依頼さえすれば悩みの多くを解決してもらい、肩の荷を下ろすことができる。
成仏不動産に限らず、複数の企業が事故物件の買い取りビジネスを展開している。それはつまり、事故物件そのものが市場になっていることを意味する。
現役世代が孤独に苛まれる時代──
私たちの多くが孤独の当事者、もしくは隣人だ。内閣官房が発表した「令和5年 人々のつながりに関する基礎調査」では、4割を超える人々が孤独感を覚えていることが指摘されている。そしてその割合はとりわけ現役世代で高くなり、20代では45.3%、50代でも44.6%と半数近い人が何らかの孤独感を抱えているという。もちろん孤独感が孤独死に直結しているとは言えないが、孤独死者に若い世代が多く含まれていることには大きく関係しているはずである。このデータは、孤独感に留まらない、正真正銘の孤独に苛まれている現役世代が大勢いることを示唆している。
究極的な理想として、孤独死そのものを根絶することが望ましいのは言うまでもない。同レポートでもスマートフォンアプリを活用した、日常的な交流の必要性を訴え、未然の対策を提言している。
しかしながら、大抵の人々は自分や自分の家庭のことで手一杯であり、遠隔地の他人と交流に労力を割き続けるのは難しいだろう。たとえそれが親類縁者だとしても、だ。そして交流を持ち続けられないこそ私たちは、ある日突然「孤独死」、「事故物件」問題に巻き込まれるおそれを持っているのである。
身の回りで起きてもおかしくない孤独死。対峙すれば間違いなく大きなストレスとなるだろう。
事故物件買い取り業者の存在を頭の片隅にでも置いておくことは、目の前の現実に対処するためだけでなく、いざというときに心の安定を図るためにも重要なのだ。
松尾優人◎2012年より金融企業勤務。現在はライターとして、書評などを中心に執筆している。