この実験は、地球上でできない医薬品を軌道上で製造する道を開拓する重要な概念実証でもあった。バルダが宇宙空間で製造したリトナビルのバージョンは最も不安定な形態の1つだったものの、計画通りに作られ、地球に戻るまで安定していたことは大きな成果だ。今回の実験によって、同社は軌道上で薬を作るだけでなく、地球に安全に持ち帰ることができることを実証してみせた。
「宇宙空間でも地球上と同じ製造における制御が可能であることが確認できた」とバルダの最高科学責任者であるAdrian Radocea(エイドリアン・ラドセア)は話す。
新薬の開発にはもともとコストがかかるが、宇宙で行うにはさらに高額なロケット打ち上げに関する費用を支払う必要があるが、なぜ宇宙で薬を製造する必要があるのだろうか?その答えは、宇宙で結晶化のプロセスにある。多くの医薬品において、結晶化の起こり方は製造コストや品質、安定性、有効性に大きな影響を与える。また、錠剤として製造できるか、点滴が必要となるかを決定する要因にもなり得る。
宇宙空間の微小重力環境では、地球上よりも特定の結晶を作りやすい上、そのプロセスをより制御できる。そのため、国際宇宙ステーション(ISS)では20年以上前からタンパク質の結晶化実験が続けられている。昨年、製薬大手のブリストル・マイヤーズスクイブとイーライリリーは、ISSでタンパク質の結晶化実験を実施した。
バルダの共同創業者兼プレジデントのDelian Asparouhov(デリアン・アスパロウホフ)によると、2019年にメルクがISSで行った抗がん剤「キイトルーダ」に関する実験が大きなブレークスルーになったという。この実験により、微小重力環境で安定した結晶を生成することができ、注射で投与したり、室温で保存できる医薬品を開発できることがわかった。地球で作られたものは冷蔵保存が必要で、患者に静脈注射でしか投与できないため、大きな進歩だ。