原作小説とは異なるアプローチが
実は、「四月になれば彼女は」という小説は、2016年の週刊誌連載から始まっている。ヒット作品を連発する映画プロデューサーの川村元気は、2012年に「世界から猫が消えたら」で小説家としてのデビューを果たすと、その後も2014年に「億男」を発表。「四月になれば彼女は」は川村の3作目の小説で、初めての連載小説でもあった。筆者は週刊誌連載のときから愛読していたが、「四月になれば彼女は」というタイトルを目にした瞬間、サイモン&ガーファンクルの佳曲が浮かび、映画「卒業」のワンシーンを思い出し、作品への期待も高まっていた。
映画の本場ハリウッドのプロデューサーには、自ら原作を開発する(書く)人間も多いが、日本では川村のように原作が「書ける」映画プロデューサーはほとんど見当たらない。しかも川村は、4作目の小説「百花」(2019年)では自ら映画監督にも挑戦している。
映画「四月になれば彼女は」では、川村が脚本にも参加している。そのためか、原作にはない人物の設定や独自の展開もあり、小説とはまた異なるアプローチがされている。
昨今、原作の映像化については、いろいろ喧しい議論もされているが、映画「四月になれば彼女は」ついては、原作者が脚本にも参加することで(原作の改編について許容範囲も広かったという)納得のいく改編がされており、原作小説の愛読者としても、また異なる物語体験を享受した。
もちろん監督の山田智和も、この作品が初めての長編監督作品だったにもかかわらず、原作小説を見事に映像に移し替えている。山田監督の起用については、原作者の川村が最初から頭に描いていたようだ。
山田智和監督は、1987年生まれ、日本大学芸術学部映画学科映像コース卒業後、米津玄師やあいみょん、サカナクションのミュージックビデオや数々の広告映像などを手掛けている。当時から山田監督のつくる映像のファンだったという川村は、このことには次のように言及している。
「いつか一緒に仕事をしたいと思っていました。音楽とともに、現代の都市と人間の姿をこれほどまでに感性豊かに描く映像作家は世界でも稀有だと思っています」
川村が惚れ込んだその才能は、「四月になれば彼女は」でも随所に発揮されている。冒頭のウユニ塩湖などの美しい風景描写はもちろん、人物の描写についてもクローズアップを効果的に使い、登場人物の内面にまでカメラを向けた演出が冴え渡っている。この作品が持つ哲学性とも言うべき深みは、まさにこうした山田監督の演出にも由来しているようだ。
映画「四月になれば彼女は」は、2024年3月22日(金)より全国東宝系にてロードショーで公開(c)2024「四月になれば彼女は」製作委員会
山田監督は原作小説について、初めて読んだときから「愛を探すこと、そして生きることに溢れた素晴らしい小説」だったと語っている。そして映像化するにあったての覚悟についても次のように付け加える。
「この原作を映画化することによって、現代で私たちが抱えている痛みのようなものに寄り添うことができると確信を持ったのです。同時に、恐ろしくリアルで目を背けたくなるような現実とも、この映画ではしっかりと向き合わなければいけないと覚悟しました」
なお、映画のなかでは、俊と春を結びつけた「写真」が、実に効果的に使われている。このあたりは、文章ではなく映像でしか表現できないものかもしれない。物語のターニングポイントとなるところで、「写真」が大きな意味を持ってくるので、ぜひ劇場でも確かめていただきたい。
映画「四月になれば彼女は」、自分的には「彼女は」の後に「……」という3点リーダーを付けたいくらい、観賞した後でも心に深く余韻が残る作品となっている。
連載 : シネマ未来鏡
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