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2015.07.21

レッドブルが音楽ビジネスに進出する理由

DoroshinOleg / Bigstock



つい数年前まで、アーロン・ブルーノは典型的な売れないミュージシャンだった。3万ドル(約373万円)の借金を抱え、友人宅のガレージで寝泊まりする日々を送っていた。「生活のあてもなければ、エル・ポヨ・ロコ(メキシコ料理のチェーン)のブリトーを次いつ食べられるのかもわからなかった」とブルーノは言う。

彼が大ブレークした経緯は、ロック界のおとぎ話だ。ある日、レコードレーベルのA&R(アーティストの発掘から育成、マネージメントまでを担当する者)にスカウトされ、設備が揃ったスタジオでレコーディングする機会を与えられた。そして4曲が完成した時点でレコード契約が成立。ブルーノのバンド、エイウォルネイション(Awolnation)のシングル「Sail」は米国内で600万枚、ノルウェーやニュージランドでも百万枚単位を売り上げ、ファーストアルバム『Megalithic Symphony』はゴールドディスクに認定された。

ブルーノのサクセスストーリーが他と異なる点は、契約相手にある。2000年代、メジャーのレコード会社と契約し複数のバンドで活動するも鳴かず飛ばずだった彼を迎え入れたのは、エネルギードリンクのレッドブルが運営する音楽レーベルだった。

「レッドブル・レコード」は2007年、レッドブル社創業者であるオーストリアの億万長者ディートリッヒ・マテシッツによって設立。TV局の運営から映像制作、雑誌の発行までを手がける一大メディアプラットフォーム「レッドブル・メディア・ハウス」内のレーベルで、世界各地でフェスティバルを開催する「レッドブル・ミュージック・アカデミー」と並ぶレッドブルの音楽事業だ。

「レッドブルは長年、エナジードリンクを超越したブランドであり続けてきました」とマテシッツは言う。
「世界のアスリート600-700人と契約し、エクストリームスポーツやエアレース(空のF1と呼ばれる飛行機を使ったモータースポーツ)のFlying Bullsなどに携わると同時に、音楽を中心としたカルチャーにも密接に関わってきました」

ミュージシャンを使ったブランドマーケティング自体は数十年前から存在する。80年代にはペプシがマイケル・ジャクソン出演のCMを作り、2000年代にはマクドナルドがジャスティン・ティンバーレイクの曲をジングルに使用して話題を呼んだ。だが、ブランドによるレコードレーベルが成功した例はほとんどない。レッドブル・レコードの幹部も最初は懐疑的だったという。

「誰も契約してくれないだろうと思っていた」と語るのは、マネージング・ディレクターのグレッグ・ハマーだ。彼はレッドブル・レコードに来る前、米3大メジャーレコード会社の一つ、ユニバーサル(他2社はソニーとワーナー)の敏腕A&Rだった。
「蓋を開けてみたら違っていた。『ブランドとは契約したくない』と言ったアーティストは一組だけです」

ハマーらはこれまでに無数のバンド、作曲家、歌手をスカウトし、10数組をレーベルに迎え入れてきた。前述の一組を除き、他のレーベルとの争奪戦に負けたことはあっても、レッドブルとの契約が嫌だという理由でオファーを断られたことはない。

「我々の役目は新しい才能を見出し、導き、育成し、サポートすることです」とマテシッツは言う。「売れそうなアーティストとだけ契約する一部のメジャーレーベルのようには決してならない」

ブランド側にとっても、音楽がもたらすバリューは大きい。レッドブルの場合、音楽はエナジードリンクの広告や主催するイベントになくてはならないものだ。

ブランドが新進ミュージシャンを取り込む動きは他でも見られる。コンバース社は公募で選んだアーティストにレコーディングスタジオを無料で貸し出す「Rubber Track」プログラムを実施中だ。フェンダー社は、気鋭のバンドと自社の楽器や機材を乗せたバンで全米を回りながらSNSで広報活動を行う「Fender Accelerator Tour」を今春ローンチした。

ミュージシャンが伝統的なレコードレーベルではなくブランドと契約を結ぶことを身売りと捉える人はいるだろう。だが、自曲が銀行のCMに使われてブレークしたワーナー所属のシンガーソングライター、LPは「既に大物のアーティストが何かの広告塔になったところで、音楽を安売りしているとは思わない」と言う。「車のCMからビートルズが流れてきても何も思わない。普通に見るだけ」

結局のところ、アーティストにとって必要なのは、自分の音楽が世に広まることである。広める役割を担うのがメジャーのレーベルであれ。携帯電話メーカーであれ、飲料メーカーであれ、大企業が何らかの価値創造の可能性と引き換えにアーティストの音楽制作をサポートする仕組み自体は変わらない。

その上でレッドブルの取り組みの特筆すべき点は、アーティストがレーベルに望むものを与えていることだ。

「レッドブル・レコードが素晴らしいところは、ミュージシャンに舵取りを任せてくれるところだ」とブルーノは言う。「ビジネスだから衝突してばかりだけれど、最終的には僕の望み通りのやり方で音楽を作ることができているよ」

文=ザック・オマリー・グリーンバーグ(Forbes)/ 編集=海田恭子

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