しかし、このほど発表された1月の米消費者物価指数(CPI)が前年同月比で3.1%上昇し、市場予想を上回る3%超えとなったことから、FRBは利下げシナリオの見直しに動いている。ことによると大幅に見直すかもしれない。昨年12月のCPI上昇率は3.4%だったので、インフレが沈静化してきているのは確かだが、鈍化ペースは米国の物価上昇圧力が失望するほど根強いことを示唆している。
その結果、アジアの政策立案者たちは、かねて頭の片隅にあった不安にさいなまれ始めている。いわゆる「債券自警団」の復活だ。それも、中国経済がつまずく中でという、おそらく考えられる限り最悪のタイミングで。
債券自警団とは、政府や中央銀行の政策が賢明でない、あるいは危険と判断された場合に、債券市場に売りを浴びせる投機筋のことで、1994年に当時のビル・クリントン米大統領の顧問だったジェームズ・カービルが広めるのに一役買った言葉だ。債券自警団による折に触れての異議申し立ては、債券利回りの押し上げや国際入札のボイコットなど、市場の大きな波乱要因になり得る。
カービルが「債券市場に生まれ変わりたい」という有名な言葉を口にしたのもそのためだ。当時、彼は財政赤字の抑制に向けて議会側と折衝していて「すべての人を脅かせる」債券市場の力に言及したのだった。
それから30年で、状況は大きく変わった。米国の政府債務は34兆ドル(約5100兆円)を超え、米議会はクリントンの時代には想像もつかなかったほど政治的な分極化が進んでいる。政府予算をめぐる議会での深刻な対立のために、米国の信用格付けが引き下げられるほどだ。
フィッチ・レーティングスは昨年8月、米政府機関の閉鎖懸念が高まるなか、米国債の格付けを最上位の「AAA」から「AA+」に1段階引き下げた。米国債の格付け引き下げは、2011年にスタンダード・アンド・プアーズ(現S&Pグローバル・レーティング)が、米政府の債務上限引き上げをめぐる問題を受けて「AAA」から「AA+」に格下げして以来、12年ぶりだった。
さらに昨年11月には、ムーディーズ・インベスターズ・サービスが、米国の信用格付けの見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げ、大手格付け会社では最後となっている最上位の「Aaa」(他社のAAAに相当)の引き下げを警告している。
以来、状況はますます悪化している。たとえば米議会予算局は、米国の財政赤字は2024会計年度に1兆6000億ドル(240兆円)、2025会計年度には1兆8000億ドル(270兆円)に膨らむとの見通しを示している。財政赤字額の国内総生産(GDP)比が5.6%に達すると「審判の時」は近いと、ナシーム・ニコラス・タレブのような市場の目利きは警鐘を鳴らす。
「リスクはすぐ目の前にある」2007年のベストセラー『The Black Swan: The Impact of the Highly Improbable(ブラック・スワン─不確実性とリスクの本質)』の著書でも知られるタレブは最近、投資フォーラムでそう語っている。「壊れそうな橋を見れば、どこかの時点で崩落するだろうとわかる」そのうえで「外部から何かがやって来ないといけない。それは『奇跡』のようなものかもしれない」とタレブは述べている。
もちろん、その「何か」とは、多くの人に予見されている「ホワイト・スワン」的な出来事かもしれない。とはいえ、債券自警団はタレブが言っているような「奇跡」などは信じたがらない。彼らは米国の経済成長や税収、人口動態、世界貿易の動向と照らしつつ、米国債利回りの推移を眺めて、最悪の事態を恐れている。