1987年には、いち早く「キュイジーヌ・ジャルダン」と名付けたベジタリアンコースを提供し始めた。現在デュカス氏が「ナチュラリテ」と呼ぶ、人と地球に優しい食もここから始まっている。
2023年6月、そんなルイ・キャーンズに、新しいシェフが就任した。2009年から15年にわたりデュカス氏のもとで働く、リヨン出身のエマニュエル・ピロン氏だ。
この「ルイ・キャーンズ」では、昔からデュカス氏のシグネチャーである「サンレモ産赤エビのマリネ」「繊細なサフランの魚のゼリー」「ゴールデンキャビア」なども提供するが、ピロン氏は就任後に、イソギンチャクやナマコを使った、これまでにないフランス料理を生み出して人々を驚かせた。
ピロン氏は、1986年、リヨン生まれ。父がレストランを経営していたことから、幼い頃から手伝いをし、12歳の時には父と共にイベントの時にはグラタン・ドフィノア(ジャガイモのグラタン)を作る担当になっていたという。
卓越した技術に定評があるリヨンのダヴィ・ティソ氏の元などで修業を重ねたのち、「食材に寄り添った料理がしたい」と、2009年にルイ・キャーンズに参画した。
14年、当時パリのプラザ・アテネにあったデュカス氏の店が、肉の提供をやめ、野菜と魚、雑穀を中心とする新しいコンセプトで再スタートを切るにあたって、パリに移り、現場を取り仕切るロメイン・メダーエグゼクティブシェフの右腕、ヘッドシェフとしてメニュー作りなどにも関わってきた。この度、9年ぶりに古巣に戻った形となる。
エクゼクティブシェフとして戻ったピロン氏を待ち受けていたのは、パリとモナコの違い。パリでは、ベルサイユに自家農園があるほか、食材は生産者が直接店に持ち込んだり、業者を使って手にいれるのが通常だ。
一方で、このモナコでは、良い食材が欲しいと思えば、自分で足を運び、目で見て買うことが求められる。今でも朝はスーシェフと手分けをして、自らは店から車で30分ほどのニースの市場に足を運び、スーシェフには逆方向のイタリア側にある市場に行ってもらう。そうして得た食材をもとに、より季節感ある料理が生み出せるようになったという。
歴史あるこの店を受け継ぐにあたって、デュカス氏からのアドバイスは「知っていることをやるように」の一言。これまでの自分がやってきたことから着実に歩みを進めるように、ということだった。とはいえ、大きなプレッシャーがピロン氏にのしかかった。
“アラン・デュカス”を有名にした店に、今でこそ月に1~2回の訪問となったが、店を受け継いだ当初、デュカス氏は足しげく訪れ、料理を試食した。常に尋ねるのは食材のこと。「このズッキーニは誰が育てたもの? なぜこのような仕立てに?」と、問いを連発する彼に応えるには、実際に足を運び、食材を知るしかない。