「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」とは?
そのような独自性を持つため、本書では時折、あまり耳慣れない言葉が登場する。中でも特に奇抜に聞こえるのは「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」という量子物理学に関する仮説だろう。
量子物理学の世界では、「量子真空」と呼ばれる極微小な真空の場が存在していると考えられている。私たちの宇宙はビッグバンから始まり、今なお膨らんでいることが知られているが、そのビッグバンを起こしたのも量子真空であるとされる。量子真空にはそれほど膨大なエネルギーが詰まっているのだ。
著者によれば、「ゼロ・ポイント・フィールド」は量子真空の一つであり、そこにはこの宇宙の過去、現在、未来の全ての出来事が「波動」として記録されているのだという。ここで言う波動とは、この宇宙におけるあらゆる物事と捉えるべきだろう。
著者は量子物理学の観点から「我々が『物質』と思っているものの実体は、すべて、『エネルギー』であり、『波動』に他ならず、それを『質量を持った物質』や『固い物体』と感じるのは、我々の日常感覚がもたらす錯覚にすぎない」と主張している。そして「ゼロ・ポイント・フィールド」にはまさに、時空間のあらゆる「波動」が詰まっているようなのだ。
これが「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」の、極めて簡便な概要である。無論、これはあくまで仮説であり、実在が確認されているわけではないし、仮に「ゼロ・ポイント・フィールド」に近しい存在があったとしても、そこに全ての出来事が記録されているとは限らない。
ところで、ここで一つの疑問が生まれるはずだ。すなわち、「ゼロ・ポイント・フィールド」に全ての未来の出来事が記録されているならば、私たちにできることは何もないのではないか?
われわれの脳は『ゼロ・ポイント・フィールド』と量子レベルで繋がっている?
著者はこの考えを明確に否定している。著者は私たちが「ゼロ・ポイント・フィールド」にアクセスできると考えており、そこで引き合いに出されるのが「量子脳理論」という言葉だ。脳や心といった捉えどころのない問題に量子的なアプローチを加える考え方である。これを応用し、著者は「もし我々の脳が、そのコミュニケーションに量子的プロセスを使っているのであれば、この脳が、『ゼロ・ポイント・フィールド』と量子レベルで繋がっていることは、大いにあり得ることである」としている。
著者の論をまとめると、こうだ。私たちは脳や心で「ゼロ・ポイント・フィールド」と繋がっており、脳や心を変化させることで未来の出来事をより良い方向に修正することができる。ゆえに、私たちは表題通り「運気を磨く」ことが可能である……。
以上は本書における著者の意見そのものというより、その基盤である。本書で展開される人生のアドバイスの、あくまでも原点であるというわけだ。著者自身が述べているとおり、こういった考え方は私たちの日常感覚にはない、壮大なスケールのものになっている。一読しただけでは受容できない、という人もいるかもしれない。
あらゆる書籍に共通して言えることだが、書かれている内容の全てを鵜呑みにする必要はない。実際、本書に記された内容は「ゼロ・ポイント・フィールド」を抜きにしても十分な説得力を持ち合わせている。
とは言え、「ゼロ・ポイント・フィールド」に代表される一種のロマンが本書の導線になっているのも事実だ。ミクロな人生指南を受けながら、マクロな宇宙に想いを馳せることができる、その意味で本書は一粒で二度美味しい、稀有な自己啓発本であると言えるだろう。
松尾優人◎2012年より金融企業勤務。現在はライターとして、書評などを中心に執筆している。