—取り調べのトラウマがなぜ、20年近く経った今もフラッシュバックしてくるのでしょうか。
小出医師: 飲食物と恋愛感情を利用したことが強く関係しています。人間は3大本能(食欲、性欲、睡眠欲)を攻められると弱い。毎日のように大好きなジュースを与えられ、恋愛感情をもてあそばれた。刑事を信用して言いなりになり、だまされた傷は深い。そのトラウマは何年たっても簡単には解消されません。
—なぜ、無実の自分を陥れた刑事を「責める気持ちになれない」というのですか。
小出医師: ひどい目に遭ったが、同時に、優秀な兄と比べられてきた自分を『かしこい』と言ってくれた刑事のことを、心のどこかで『悩みのふちから救い出してくれた白馬の王子様』という感情が今も残っているからでしょう。
―元ジュニアたちがジャニー喜多川氏を今も「尊敬している」と語るグルーミング被害とよく似ています。
小出医師: 一時的にせよ、自分をシンデレラストーリーの主人公にしてくれた人が、同時に加害者にもなった構図は共通します。グルーミング被害と言えなくもない。西山さんの場合は、愛着障害が深く関係していることも無視できません。
―具体的に言うと。
小出医師:西山さんは、幼少期から兄と比べられ、そこで芽生えた強烈なコンプレックスが愛着障害となってずっと彼女を苦しめてきました。刑事を責める気持ちになれない、というのは、愛着障害による苦しみから救い出してくれた相手が同時に自分をだましていた、とは認めたくないという気持ちが無意識に働いているからです。
―出所後、男性との交際が進みかけたが刑事との出来事がフラッシュバックして、交際が続きませんでした。
小出医師:今回の意見書を作成するにあたって聴き取りをした中で、その話が出てきました。当時の取り調べによる被害として意見書で指摘しました。警察による不当な取り調べは、今も彼女の人生に暗い影を落としている、と言ってもけっして言い過ぎではありません。
少年たちからの尊敬や信頼につけこんで性的搾取をしたジャニー喜多川氏の問題は英国のBBCによって、これまで無関心だった日本社会にも被害の深刻さが知れ渡った。一方で、冤罪被害者が受ける被害の実態がこの国で十分知られているとは言い難い。
次回は「女性の冤罪被害者」という点に絞り、日本の捜査機関にはびこるジェンダーバイアス(女性に対する差別的な評価や扱い)に焦点を当て、読み解きたい。