経済・社会

2023.11.22 09:30

「官製グルーミング」の心理被害 冤罪女性が、だまされた刑事を憎めない理由

若者にも冤罪について関心を持ってもらいたいと、大学の講義で自身の体験を語る西山さん。右は筆者


—目が覚めることはないのでしょうか。
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脇中教授:心の奥にある思いを簡単に変えることは難しい。逆に目が覚めたら精神的に持ちこたえられないかもしれない。だから、夢を見ているような状態のところにとどまっているのではないか。

—ジャニーズ問題では、元ジュニアたちは肉体的な被害、つまり性的搾取の被害者だが、西山さんは肉体的な被害を受けてはいませんでした。

脇中教授:肉体的には性的な搾取を受けていないですが、精神的にはプラトニックな愛情を搾取されている、と思います。取調官は精神的に支配し、手玉に取ったわけですから」

「また、だまされる」とフラッシュバックした刑事の顔

実際のところ、取り調べ中に受けた被害は出所後の西山さんに深刻な影響を及ぼしている。
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3年ほど前のこと。社会復帰への道のりを歩み始めていた西山さんは、ある男性から交際を申し込まれ、デートを重ねるようになった。

「もしかしたら、このままゴール(結婚)まで進むかな」

そんな思いを抱くようになったある日のこと。デート中に男性が西山さんを抱きしめた。しかし、その瞬間、西山さんは無意識に男性を押し返してしまった、という。取り調べ中に刑事に抱き着いたシーンがふいに思い出され、自分をだました刑事の顔がフラッシュバックしてきたからだった。

「また、だまされる!」

そんな思いがよぎって怖くなり、気づいた時には相手を押し返していた。

「相手はびっくりして『どうしたん?』と聞いてきました。だから、正直に話したんです。『実は…』って。そんな話したら、嫌になるのは当然ですよね。そこで交際は終わりました」

結婚して家庭を持ち、両親を安心させたいという夢は、はかなくも消えてしまった。19年も前の忌まわしい出来事が亡霊のように西山さんの脳裏に巣食い、第2の人生の出鼻をくじこうとする。過去の被害は現在も進行中なのだ。



「グルーミングに類似、愛着障害が深く関係」 小出医師の精神分析

西山さんを6年前に獄中で精神鑑定した精神科医の小出将則一宮むすび心療内科院長は、西山さんが人生の再起に苦しみ続ける状況を「当時の捜査による影響」と断言する。
 
「彼女は警察の手練手管によってマインドコントロールされ、自白を誘導された。そのことは再審公判での意見書に明記したが、彼女の洗脳はまだ解けたとは言えない。20年近く前の体験はトラウマになっており、今後もフラッシュバックを繰り返す可能性がある」

小出医師が分析した西山さんの心理的な状況は、進行中の国賠訴訟で弁護側の意見書として提出された。

精神科医 小出将則(写真=苅部太郎)

精神科医 小出将則(写真=苅部太郎)


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文=秦融 写真=太田グリフィス朗子

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