世界では、米国2カ所、ドイツ、ウルグアイ、中国に次ぐ6拠点目。時間がかかりがちなAI開発が、短期間でできるようになるので、どのラボでも利用を希望する企業が順番待ちをしている状態だという。
そんな拠点を日本国内でつくるとなれば、まず誰もが東京でと考えるだろう。
ところが、マイクロソフトが選んだのは神戸市だった。その理由はといえば、ラボ誘致につながる最初の細い糸をたぐり寄せたのが、米国駐在の神戸市職員だったからだ。しかも彼は、民間から神戸市に転職したばかりの人物であった。
東京ではなくサンフランシスコ駐在に
いまから4年前の2019年、神戸市は、東京勤務で神戸の魅力を首都圏にプロモーションする役割を担う求人を公開した。笠置淳信(かさぎ・あつのぶ、46歳)は、そのことを知るとすぐに手をあげた。笠置は鹿児島県出身、筑波大学を卒業後、NTTドコモに15年間勤務したあと、経済同友会事務局で働いていた。神戸とはまったく縁がない人間だった。笠置は応募した理由を次のように語る。
「経済同友会の政策提言の多くは、地方創生やグローバル化、イノベーションの促進がテーマでした。シリコンバレーの投資ファンドと起業家育成をするなど、神戸市はまさにこれらのテーマに横串を刺した事業を進めていました。自身のキャリアパスとして魅力ある職場になると考えました」
東京・丸の内の書店にあるカフェで、神戸市による事実上の最終面接が行われた。その場では、後に彼の上司となる人物が、こう口火を切ったという。
「申し訳ないですが、今回の東京でのポストには、別の人を採用する方針です。ですが、サンフランシスコに駐在して、シリコンバレーのIT企業を誘致する人材も探しています。東京ではなく、米国で働けますか」
その前年に経済同友会代表幹事らのシリコンバレー視察の企画・運営を担った笠置は、この神戸市の申し出に賭けようと思ったのだ。彼はその場で快諾する。
その面接で笠置は、どんなシリコンバレーの企業を狙えばいいのかと聞いた。すると、「ヒットはいらない、欲しいのは1本のホームランだけ」という答えが返ってきたという。小さな案件はいちいち相手にせず、影響力が大きな企業をターゲットにして欲しいという意味だ。
勝機はコロナ禍だからこそ存在した
晴れて神戸市に採用された笠置の渡米は、2020年11月にずれ込んだ。まだコロナ禍が続いていたため、現地で人脈をつくろうにも対面で人と会うことができない。毎日、悶々とした気持ちを抱えたまま在宅勤務をしているうちに、彼は次のような考えがひらめいたという。「ネット上でのやり取りが当たり前の今なら、知らない人にいきなりダイレクトメッセージを送っても失礼に当たらないのではないか」
すぐに面識のないターゲットの人たちへ、大胆にSNSを使った直接アプローチを試み始めた。