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2023.10.26 19:00

マイクロソフトが神戸にAI開発支援の新拠点 たぐり寄せた市職員は転職組

コロナ禍を逆手に取ったこの手法が、功を奏した。マイクロソフト本社の担当者につながり、彼らが日本にAI開発を支援する拠点をつくろうと検討しているという情報を掴んだ。先方の担当者も日本のどこかの自治体と話をしたかったが、コロナ禍で阻まれていたのかもしれない。

マイクロソフトだけでなく、グーグルやアップルのような巨大IT企業の開発拠点は、経済成長や人材育成の鍵を握るので、各国政府からみるとノドから手が出るほど欲しい存在だ。国が拠点の整備費や運営費まで丸抱えする事例すらある。

笠置からの情報を得た神戸市はすぐに動いた。今回の開発拠点の利用者はあくまで民間企業だ。エンジニアたちが集まる場所は都市の機能に不可欠と判断し、この施設を利用しそうな地元の企業を訪問して、説明を続けた。

ところが、AIを使った開発と言われても、自社でどのように使えばいいのか、即断できる経営者はほとんどいない。

しかも、誘致が決まったわけでないので、神戸市の職員も十分な情報を持ち合わせていない。さらに秘密裏に事を進めないといけない困難のなかで、神戸側の職員も暗中模索の手探りを続けたという。

その頃、笠置は、シリコンバレーに拠点がある神戸の企業に説明するなど、米国からの側面支援を続けた。

そんななか、神戸を代表する企業である川崎重工の経営者たちに、笠置がシリコンバレーで掴んだ情報が伝わる。すると、事実上の方針決定が下されるのは、あっという間だった。

というのも、同社はマイクロソフトと共同で、バーチャル空間でものづくりの設計、開発から試験までを行う産業用メタバースの開発を進めようとしていた。その発表を翌月に控えていたときに、笠置の情報が伝えられたからだ。

川崎重工といえば、鉄道車両、航空機、ガスタービン、油圧機器などを手掛け、その技術力の高さから、いくつもの分野で世界トップシェアを持つ。今回のマイクロソフトの拠点設置が、同社に何をもたらすのかがクリアに見通せていたようだ。
ラボは神戸商工貿易センタービル24階の1フロアを占める

ラボは神戸商工貿易センタービル24階の1フロアを占める

さらに同社は、自社だけでこの「AI Co-Innovation Lab」を囲い込むことはせず、他の企業でも使いやすいようにと、神戸市の三宮にある神戸商工貿易センタービルでの開設を後押しした。

すでに、地元洋菓子メーカー「ユーハイム」は、ベテラン職人のバウムクーヘンの焼き方を再現するAIの開発を米国のラボで実践していた。iPS細胞の網膜移植で知られる高橋政代が率いる医療スタートアップ「ビジョンケア」は、医者個人の能力差をAIで埋める仕組みを神戸のラボでつくろうとしている。

笠置が情報を掴んでから「AI Co-Innovation Lab」開設まで2年かかったが、その間ChatGPTが毎日のように話題になるなどAIをめぐる環境は大きく変化していた。

神戸市役所のある幹部は、笠置に「雨降って地固まる」とつぶやいたという。時間はかかったが、地元の大企業が主導して、地元の中小企業が先端技術につながりやすくなる、地域経済にとっていちばん良い姿が実現したという意味だ。
海の見えるオフィスでイノベーションを生む

海の見えるオフィスでイノベーションを生む

実を言うと、笠置が神戸市に採用されるときに「ホームランを狙え」と言ったのは筆者だ。彼が放った会心の一打に、感謝の言葉を送りたい。

そんな彼の市職員としての任期は来年7月まで。このような滅多にできない成功体験を得た彼の今後の活躍が、楽しみでならない。

文=多名部重則

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