2011年に設立されたInstitut Momentumは、産業社会の問題と脱成長についてのアイデアを提供。人間が地球の生態系に与える影響「人新世」とその解決策についての研究を行っている。
ディスカッションは、パリのエコ地区といわれるLa halle Pajol(ラ・アル・パジョル)で開催。
Institut Momentumを立ち上げた一人である、建築家・造園師・教師であるChristophe Laurensさんと、オルタナティブ都市を研究しているSylvie Decauxさんの二人に脱成長がフランスで広がった経緯とその広がりについて話を聞いた。
「Institut Momentumは東日本大震災と福島の原発事故後に設立されました。そのタイミングは偶然ではないと私たちは思っています」(Christopheさん)
Institut MomentumのChristopheさん(左)とSilvyさん(右)
2002年にユネスコで開催された学会のテーマ「発展を止める。世界を作り直す」。そこから脱成長ムーブメントが活発になり、フランスを中心に広がった。
「新聞や雑誌で取り上げられるようになり、フランスのリヨンで出版されている『Silonce』という雑誌では脱成長がキーワードとされてきました。20年前から、パリの駅のキヨスクですら脱成長を掲げる新聞が置かれています」(Silvyさん)
Silonce
Christopheさんは「脱成長は経済的な思考の話だけではない」と話す。「世界的な経済成長は想像上のことでしかないという批判的な思考です。脱成長運動は、経済成長の必要性を問い直し、持続可能な社会を目指すもの。自給自足や地産地消、人との絆を重視し、社会の平等や社会正義を追求しているのです」
一方で、企業側からすれば「脱成長」というワードをすぐに受け入れるのは難しいかもしれない。「なぜ“脱成長”という言葉を選んだのか?」という参加者からの質問も。それに対してChristopheさんは「挑発的な意味を込めている」と答える。そうすることで、人々の議論を促しているのだ。
「もともとは『持続可能な開発』という言葉を使っていました。成長や開発を語る有耶無耶さに対して、そうではないことを突きつける意味で使われています。他にも『パフォーマンスを求める社会から耐久性を求める社会へ』などと思考の言い換えもされています」
また、東洋の哲学や考え方は脱成長に大きなインスピレーションを与えたという。Christopheさんは、日本の生物学者である今西錦司から今の活動の影響を受けているのだと教えてくれた。今西錦司は、生物は互いに競争するのではなく、棲む場所を分け合いそれぞれの環境に適合するように進化していく「棲み分け理論」を唱えた生物学者でもある。
日本でも斎藤幸平氏などを筆頭に議論されている「脱成長」の概念。参加者からは、「頭がグルグルしたが、テーマとしてもっとも興奮した」「経済の状況や文化や政治、エネルギーや食糧自給率などフランスという国の前提があっての話ではないか」などの声も。Institut Momentumとの議論は、改めて日本に適する成長のあり方を考える場となった。
編集後記:フランスの人々から学ぶ、「節度のある豊かさ」
NUやVentrus、Sinny&Ookoのように自分たちの足元にある「ローカル」を大切にすること、そしてPackaging-free NetworkやCirculabのように、市民が「つながり」ながら声を上げ、国や企業に働きかけていくこと、VEJAのように「スロー」な成長ペースを保つことで企業としての耐久性を維持するなど、資本主義の波に飲まれぬよう、それぞれが大切にしたいものを意思を持って守り抜いていたパリの人々。そこで思い出したのは、「節度のある豊かさ(abondance frugale)」という概念だ。「脱成長」の軸となる価値観であり、フランスの哲学者Serge Latouche(セルジュ・ラトゥーシュ)氏が提唱したもので、生活の質や人間のウェルビーイングを重視し、物質的な過剰や消費主義から離れたシンプルで持続可能な生活を追求することを意味するものだ。今回の訪問先では、会話の節々から、そうした要素が垣間見えたように思う。
今回のツアーの訪問先や、最後に紹介した「社会的連帯経済」や「脱成長」の思想が、「正解」や「目指すべき姿」であるわけでは決してない。パリの人々も口を揃えて言っていたのが、「世の中の課題は複雑で、これが正解だとは限らない」ということだ。
だからこそ、訪問先の人々が「あなたたちのことを知りたい」「日本ではどうなのか?」と、耳を傾けてくれたように、外の人々と「対話」し、自分なりの視点で世界を見ること。そしてその中で見つかる「自分自身が信じたいもの」や「大切にしたいもの」を守っていきたい、そう思った旅だった。
【参考文献】
・『社会連帯経済と都市ーフランス・リールの挑戦ー』(ナカニシヤ出版)
・『脱成長』(白水社文庫クセジュ)
※この記事は、2021年10月にリリースされたCircular Economy Hubからの転載です。
(上記の記事はハーチの「IDEAS FOR GOOD」に掲載された記事を転載したものです)