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2023.09.08 08:15

ビジネスに通じる『シン・エヴァ』のつくり方 前代未聞のプロマネ本が生まれた理由

──今回の書籍で、『シン・エヴァ』の制作を“プロジェクト”として扱うことにしたのはなぜでしょうか。

成田氏:書籍をつくり始める際、『シン・エヴァ』の鶴巻和哉監督によく相談に乗ってもらっていました。そこで言われたのが、「どういう形式の書籍にするか、積極的に何かを真似したほうがいい」と。鶴巻さんは、映画の作品づくりにおいてリスクコントロールに重きを置く人です。今回の書籍制作も、私がまったくの初めての経験ということで、リスク低減の観点でそのようにアドバイスしてくれました。形式こそ真似でも、扱う対象がオリジナルなものであれば唯一無二のものになると。

そこからあらゆる書籍を参考にしようと見ていくなかで、プロジェクトに関する書籍は、体系立ててマネジメント法などを解説するものは多くある一方、実際のプロジェクトそのものについて書かれている書籍が少ないことに気づきました。カラーの前はJAXA(宇宙航空研究開発機構)に勤めていて、プロジェクトマネジメントに関する書籍には親しみがあったのですが、長い歴史のなかで数多くのプロジェクトに取り組んできているJAXAですら、ロケット打ち上げの失敗や人工衛星の機能喪失といった特殊な事例を除いて、単体のプロジェクトについての振り返りや知見をほとんど公開していない。

さらに、専門的なプロジェクトの定義に照らしても映画制作はまぎれもなくプロジェクトである、という気づきをふまえ、「『シン・エヴァ』制作という、ひとつのプロジェクト」という切り口で内容を構成した書籍をつくることにしました。鶴巻さんのアドバイスにはある種、背くかたちになったのですが、形式から自分なりに考えるしかないなと。

──目次には費用や工程、成果物量といった、プロジェクトの概要を知るのに必要な情報から、やる気やナラティブといった一見ユニークなものまで項目に並んでいます。書籍がこのような構成になったのはなぜでしょうか。
『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より、目次の抜粋

『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より、目次の抜粋


成田氏:JAXAで勤めていた経験から、プロジェクトの結果を報告する報告書のかたちを思い浮かべました。プロジェクト報告書であればコストとスケジュールを示すのは必須です。そのうえでさらに、「興味をもったプロジェクトがあり、しかしそれがまったく知らない業界のものだったとき、自分だったらどんな情報を知りたいだろうか」「扱うものや関わる人の性質が異なる業界の人たちに、別世界の無関係な“お話”ではなく、部分的にでも参照価値を見出せる“事例”として受け止めてもらうにはどんな切り口がよいだろうか」と考えました。その結果、2章の「プロジェクト実績」では工程、体制、成果物の種類や量、リスク管理、コロナ禍の影響といった、どんなプロジェクトにも共通するトピックを取り上げています。


『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より、「工程」と「成果物量」の抜粋

『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より、「工程」と「成果物量」の抜粋


3章の「プロジェクト省察」では、プロジェクトを遂行に導いた要因をピックアップして取り上げています。プロジェクトに携わったさまざまなスタッフへ、『シン・エヴァ』を作り上げるのに何が有効だったか、何が大事だったかを聞いて収集し、分析しました。その結果、庵野総監督に起因するものとスタッフに起因するものに区分できることがわかり、「これとこれはこういう括りでまとめられる」というようにキーワードが浮かび上がってきました。最終的に庵野総監督においては「偶有性の保持」、「外部の保持」、「保留の保持」など、スタッフにおいては「やる気」、「想定外への慣れ」、「言い訳」、「察しと思いやり」などの要因が項目として並びました。
『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より、「制作環境・コミュニケーション・進捗管理」の抜粋

『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン』より、「制作環境・コミュニケーション・進捗管理」の抜粋

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文=加藤智朗 画像提供=カラー

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