これは一見当たり前のように思うかもしれないが、小林さんによると、世界最大のネパール人移民先であるマレーシアの首都クアラルンプールにはネパール料理の食堂が集まるエリアがあるが、そこには地元の人の姿はないという。もっぱらネパール人労働者向けの店しかなく、ネパール語のメニューしかないそうだ。
その点、都内のガチネパもガチ中華も、基本的に日本語表記のメニューがある。マレーシアと違う点は、現地色の強い料理に好奇心を持つマニアが日本にいるからかもしれない。
「マニアの人たちはエスニック趣味の持ち主が多く、一般に知られていない現地の人たちが集まる店を発見して、日本人客があまりいないことを喜んだり、SNSに投稿したりしています」(小林さん)
ガチ中華のマニアも似ていて、中国西域のシルクロードや少数民族の多い雲南や貴州などエスニック度の高い料理への関心が高いのは同じ理由からだろう。
小林さんと話していると、日本という異国の地にガチネパやガチ中華のような料理が存在することの不思議さや驚きに、お互い魅せられてきたことを実感する。共有しているのは、食の背後に織りなすエスニックコミュニティの存在とそこで起きていることへの関心である。
ガチグルメの世界を観察していると、いま日本で進行している多文化社会のリアルな諸相が見えてくる。筆者はいつ頃からか、ガチ中華を通じてその実相を見える化(可視化)させることが自分の役割なのだと考えるようになった。彼らの実情がほとんど知られていないからである。その意味でも、小林さんの仕事から学ぶことは多い。
小林さんは著書の「日本のインド・ネパール料理店」で次のように書いている。
<もちろん美味しい料理にありつけるのは無上の喜びですが、それ以上に日本という異郷に根を張り、日々の糧を得るために奮闘努力しているネパール人たちから聞く来歴や経緯、料理観や食文化観といった話のなかに、舌で感じるものよりさらに大きな『美味しさ』が感じられるのです>
まったく筆者も同感である。