7月19日、そんなアメリカザリガニがいかにして世界に拡大したかを紐解く材料となる、アメリカザリガニの寒冷環境への進出に関わる遺伝基盤について、千葉大学 国際高等研究基幹・大学院理学研究院の佐藤大気特任助教と、東北大学大学院 生命科学研究科の牧野能士教授らの共同研究チームが解明したことが発表された。
これまでアメリカザリガニは、高水温や水質汚染など厳しい環境に対しても高い適応能力を持つ一方で、低温に弱いと考えられてきた。例えば寒冷地の北海道では、下水や温泉などの温排水が流入する河川にのみ生息しているとされてきた。しかし近年、札幌市内では冬に水温が0℃近くになる場所で、アメリカザリガニが繁殖をしている可能性が報告されていた。
そこで研究チームは、アメリカザリガニのゲノム配列解析と、低温被曝実験、そして遺伝子発現量解析を組み合わせ、アメリカザリガニの寒冷環境への適応に重要な役割を果たしたと思われる遺伝子群の特定を目指した。
研究ではまず、アメリカと日本各地のアメリカザリガニ集団のゲノム配列を解析し、日本への移入経路を推定。その結果、過去の文献と一致し、原産地である米国ニューオーリンズ集団の一部が約100年前の1927年に食用ウシガエルの餌として鎌倉に移入され、日本各地へ広がった可能性が示唆された。
次に、低温への耐性を検証するために、札幌市と仙台市で採取したアメリカザリガニ集団をそれぞれ実験室で飼育・交配させ、産まれた幼体を用いて低温被曝実験を実施。その結果、札幌集団は仙台集団に比べて、低温(1℃)環境下での生存期間が長いことが分かった(図1)。
図1
さらに、低温に曝した個体で遺伝子発現量解析を行ったところ、低温下での生存時にいくつかの遺伝子群で発現量が変動することが判明。中でもキチンやクチクラなど、甲殻類の外骨格の構成に関する遺伝子群の発現が両集団で増加していた。
また、免疫反応や細胞の維持に重要なタンパク質分解酵素を阻害する働きを持つ遺伝子群は、仙台集団では実験開始から1週間後に発現量が増加。一方の札幌集団では、実験後1週間では発現量に動きがなく、1ヶ月後に増加。この結果は、札幌集団でこれらの遺伝子群の制御が低温に対する適応機構として働いている可能性を示す。
最後に、アメリカザリガニのゲノム配列を詳細に解析すると、多くの重複遺伝子がゲノム中に存在していることが分かった。遺伝子重複は、タンパク質の機能や発現パターンを多様化させる。ゲノム内の重複遺伝子の割合が高い種は、幅広い環境への適応能力を保つことが示唆される。アメリカザリガニは他の甲殻類と比べても、遺伝子重複の割合が大幅に高いことが明らかになった(図2)。
図2
特に、アメリカザリガニで重複の程度が極めて高い遺伝子ファミリーは、上記の低温適応に関わる外骨格の構成因子やタンパク質分解酵素阻害分子をコードする遺伝子群と一致することが判明。さらに重複遺伝子の発現パターンはいずれも類似していた。それによって、遺伝子重複を経て発現が増幅されることで機能が強化され、低温への耐性を獲得している可能性が考えられるという。
研究チームは、本研究を足がかりに、侵略的外来種が生息域を広げるメカニズムについて、遺伝的基盤の解明が進むことが期待されると説明した。
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