2023年1月。インスタリムCEOの徳島泰は、ウクライナのリハビリ施設にいた。そこにはロシアとの戦闘で脚を失った兵士の姿があった。
ウクライナでは義足を求める一般市民や兵士が急速に増え、その数は3月時点で数千人ともいわれる。脚を失い、不自由な時間が長引くほど絶望は心を巣くってゆく。「自分たちの技術とスピードが必要だ」。兵士と話しながら徳島はそう確信した。
インスタリムは、「世界中の、義足をはけない人たちのニーズに応える」スタートアップだ。3D-CADと3DプリンティングにAIをかけ合わせ、世界で初めて従来の10分の1の販売価格で、最速1日で義足を「カスタマイズ量産」することに成功した。
しかし、なぜ義肢装具に目をつけたのか。背景には、糖尿病の患者数の増加がある。国際糖尿病連合のデータによると、その数は21年の6.4億人から、45年には7.8億人に達すると見込まれる。一方、途上国を中心に義肢装具を利用できない人は大勢いる。最大の理由は価格の高さだ。最適な義足の形は人によって異なり、一般的に国家資格をもつ義肢装具士の手作業が必要になる。そのため量産が難しく、自ずと高額になるのだ。
低価格・高品質な義足に対する需要の高さは、同社の売上高に表れている。フィリピン市場における同社の22年末の売上高は2030万ペソ(約5000万円超)と、前年(780万ペソ)の約2.6倍に伸長。独自調達したプラスチック材料と途上国の人材採用で60%超の粗利率を確保し、同年末には単月黒字化に成功した。
「理不尽な世の中を変える」
徳島の起業家としての歴史は、学びと実践の積み重ねから成る。大学卒業後、父親が経営するベンチャー企業に勤めるも、「人が幸せになるものづくりがしたい」と多摩美術大学に入り直して工業デザインを学んだ。卒業後は大手医療機器メーカーでキャリアを積み、34歳で青年海外協力隊員に転身。フィリピンの貿易産業省で、同国初となるデジタルファブリケーションラボの立ち上げを手がけた。途上国の義足不足を知ったのは、このころだ。フィリピンでは足を失った人をよく見かけた。理由を探るうち、背景には糖尿病のまん延があると気づいた。彼らは経済的な理由から義足を手に入れることができない。だから脚が腐っても「脚を切ると天国への階段を登れなくなるから手術はしない」などと言い張り、希望を失ったまま死んでゆく人が大勢いた。
この理不尽な世の中を変えたい──。そう考えた徳島は帰国後、今度は慶應義塾大学大学院に進学。3Dプリンタを用いた義足製造システムを構築し、18年にインスタリムを創業。19年からフィリピンで義足の販売を始めた。