事業継承

2023.06.30 07:30

会社を売ってもいい。経営者のモヤモヤが晴れるまで

鈴木 奈央
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そこからは一気に売却の話を進めた。M&Aに何を求めるかを整理し、従業員の雇用維持と会社の存続を条件にした。数多くの候補先がある中で議論を重ね、自分の代わりに経営ができる人材を招くことが可能な相手を譲受先に選んだ。

「自分たちがやってきたものを次に託すのは大きな覚悟がいる」。両者が集う成約式で売却側のこの社長が発した言葉にも、使命感が漂っていた。その重荷に一区切りをつけ、ほっとした表情を浮かべた光景は忘れられない。

理想と現実の「ずれ」が転機に

あるIT業の女性は、ライフステージの変化により生活拠点だった首都圏から地元の中部圏に戻ることになった。そこで、自身のスキルを活かし、「働く女性の地位向上」に少しでも貢献したいと主婦層向けのパソコン教室を開業した。

集客は順調に伸び、ホームページ制作や開発の依頼が舞い込むまでに成長した。開発業務は特に好評で、自社の主力事業にまでなった。だが、開発事業に精を出せば出すほど、創業時に抱いた女性の地位向上への思いとのずれが大きくなった。

本当にやりたいこととは違う。でも、従業員を守るという経営者の責務は果たしたい。相反する思いで悩んでいた最中、知人を介してM&Aアドバイザーと面談した。

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状況を変えるヒントがあるのではないかと淡い期待を抱いて臨んだ相談の時間が、改めて自分と向き合う時間になり、その面談の場で会社の売却を決めた。譲渡する相手も早々に見つかり、気持ちも新たに別の会社を立ち上げた。

売却後、筆者が話を聞いたところ、女性は「今思えば、社長業が嫌になっていた。売ってこんなにすっきりするとは思っていなかった」と振り返っていた。

人生の「主役」は誰なのか、で選択肢は変わる

M&Aは、人生を肯定するためのひとつの手段であり、別の形で達成できるのであれば、M&Aは検討材料に上げなくてもいい。経営として、それが正しい選択なのである。

経営者は不安や葛藤を抱えがちで、家族や社員にも打ち明けられない話題も抱えている。心のつっかえがあれば、まずは言語化してみてほしい。経営に関するさまざまな情報を持つM&A仲介のプロに遠慮せず相談してみるのもいい。

前回のコラムで書いたが、M&Aの成約件数は増えている。まったく同じとは言えないまでも、似た悩みを持つ経営者がM&Aで課題を解決した事例はたくさんあるはずだ。成功事例、失敗事例を知っている、経験豊富な担当者と話せば、あなたが今抱えている悩みを整理して、解決手段を見つけてくれるだろう。

重要なのは「誰の人生を大事にするか」の視点を持つことにある。長く人生を共にした会社、共に働く従業員のことを考えつつも、経営者自身が張り詰めた状態を緩めてもいい、という感覚は当然にあっていい。

文=安藤智之、取材協力=石神大揮(M&A works マネージャー)

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