「Senri Jazz」という名の、目が覚めるジャズを目指して
愛犬の名前を冠した「PND(ピース・ネバー・ダイズ)レコーズ」を立ち上げると、大江は、自身のアルバムを制作・販売・プロモーションまで手がける“ひとりビジネス”を始めた。マネジャーやPRと契約して、米テレビ番組への出演やライブ出演といったプロモーション活動をこなす。日本でも個人レーベルを立ち上げていた彼は、「米国でも仕事へのアプローチそのものは変わらない」と話す。
すでに7枚のアルバムを発表。4枚目にして、初の全曲ボーカルアルバムとなる2016年発売の『answer july』は、米グラミー賞のジャズボーカル部門でコンシダレーションの対象になっている。19年には、米メジャーレーベルのSony Music Masterworks(ソニー・ミュージックマスターワークス)とも提携。PNDレコーズが原盤を所有しながら、米国市場では同名門レーベルが配信することが決まるなど、着実にジャズピアニストとしての地歩を固めつつある。
もちろん、海外、それもジャズ業界ならではのチャレンジがあるのも事実だ。
業界として、売る側も昔の名盤の販売に力を入れる傾向があり、新人や、新しいトレンドのプロモーションがされにくい。嫉妬や嫌がらせもある。
「『ジャズをわかってない』とか、『譜面を見るのはジャズじゃない』とかいうようなステレオタイプな見方でジャズを上から目線で語る人には、中身を聞く耳がなく、ジャズという響きを知識もなく、勝手に誤解しているケースが多い。“ジャズ・ヒエラルキー意識”でマウントを取ろうとする人は、どこでも一定数いる」と、大江は語る。
「それでも、特に本物のジャズレジェンドたちは、『ジャズだろうが何だろうが、いいものはいい』という感じで、非常に“オープン・マインド”だなあと感じますね。『こうじゃなきゃ、ジャズじゃない』なんて陳腐なことを言う人など一人もいない。何よりも、音楽としてのジャズは本質的にとてもオープン。緻密で奥深く、複合的な要素を取り入れられる柔軟な性質があるため、音楽的に無限の広がりがあります」
ジャズ歌手でジャズピアニストのノラ・ジョーンズ(44)が好例だ。ジョーンズは02年、ソウルやカントリー、ポップスの要素を取り入れたジャズアルバム『ノラ・ジョーンズ』でデビュー。日本を含め、世界的にヒットしたこの作品は、グラミー賞で8冠に輝いている。大江は、ジョーンズのスタイルについて「ジャズなのだけれど、ジャズだけではない要素をもった複合的なジャズ」と表現する。米国では、ジョーンズのほか、シオ・クローカーのようなジャズトランペッターが自ら新作の中でボーカルをとったりしながら、こうした斬新な流れを作ってきた。だが大江は、「日本人である僕が、彼らと同じことをしてもアメリカの市場では成立しない」と話す。