経済・社会

2023.06.18 09:00

ウラジオストクの北朝鮮母子失踪事件、その「舞台」は閑散としていた

縄田 陽介

北朝鮮がウラジオストクで経営していたレストラン「高麗館」=2019年12月当時

ロシア極東ウラジオストクに駐在する北朝鮮総領事館職員の妻子が今月4日、行方不明になったと、米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア」(RFA)などが伝えた。母子は、北朝鮮の在ウラジオストク総領事館員(62)の妻(43)と息子(15)だという。RFAによれば、総領事館員は高麗航空の貿易代表部所属で、北朝鮮がウラジオストクで経営するレストラン「高麗館」と「豆満江食堂」の支配人だった。館員は2019年以前、北朝鮮に一時帰国していたが、新型コロナウイルスによる国境封鎖で現地に戻れず、妻が副支配人として経営に携わっていたという。

北朝鮮からロシアに逃れる脱北者を支援している人権活動家は「高麗館も豆満江食堂もコロナ禍で客足が遠のき、経営が厳しかったようだ。昨年秋、両食堂の警備担当者が逃亡したそうだ。母子が連帯責任によって責任を問われることを恐れ、逃亡した可能性が高い」と語る。母子が手荷物をまとめ、ウラジオストクから北に位置するハバロフスク方面に向かったとい報道もある。RFAなどは、ロシア現地メディアが、母子の写真付きで所在を探すリーフレットを公開したと伝えた。

コロナ禍になる直前、高麗館を訪れたことがある。当時は、国連制裁決議による「北朝鮮海外派遣労働者が海外から撤収しなければいけない日」が近づき、空港には大勢の北朝鮮労働者の姿があった。高麗館の店内は薄暗かった。各テーブルが顔の高さのパーテーションで区切られ、他の客の様子をうかがえない作りになっていた。メニューは豆腐キムチやチゲ、カルビなど朝鮮料理が中心だが、どれも韓国などで食べるよりも割高だった。夕飯時に訪れたが、店内にはロシア人風の客が数組だけ。北朝鮮の女性が接客をしていたが、愛想はまったくなかった。「これでどうやったら店が繁盛するのか」と思った記憶がある。高麗館はその後も営業を続けたが、結局店を閉めたという。

ロシアでは以前、3万人程度の北朝鮮労働者が働いているとされた。国連制裁決議で北朝鮮労働者を全員帰国させなければならなくなった2019年12月時点で、ロシアには依然、約4千人の北朝鮮労働者が残っていたようだ。北朝鮮がコロナ対策で20年1月に国境を封鎖したこともあり、労働者たちはそのままロシアに残った。北朝鮮の外交官や労働者らは常に複数で行動し、お互いを監視する。やむを得ず、1人で外出する場合は、戻った後で詳細な行動記録を報告しなければならない。
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