外務省の元高官は孫氏の発言について「中国は本気で、米国に代わって世界のリーダーになろうと思っている。ロシアと同じ扱いをされてはたまらないと思ったのだろう」と語る。中国はウクライナ侵攻を巡り、「平和的な解決」をロシアとウクライナ双方に求めていた。G7首脳宣言は、ロシアと中国を別々の文脈で批判していたが、ウクライナに侵攻したロシアと同じような扱いに我慢がならなかったのだろう。
中国は過去も、公に「俺は怒っているんだ」という姿をアピールしてきた。2021年3月、米アラスカ州でブリンケン米国務長官や楊潔篪共産党政治局員らが会談した。米側が報道陣もいた会談冒頭、中国の人権問題などを批判すると、中国側は「米国には米国式の民主主義があり、中国には中国式の民主主義がある」と猛烈に反発した。2016年7月、ラオス・ビエンチャンでの中韓外相会談では、当時の王毅外相が韓国の尹炳世外相に対し、米軍の高高度ミサイル防衛システム(THAAD)の韓国配備を巡って「最近の韓国の行為は双方の相互信頼に害を及ぼした」と報道陣の目の前で恫喝した。世界に向けて、「どっちが悪役が白黒つけよう」と主張すると同時に、習近平中国国家主席ら指導部にアピールする意味もあるのだろう。
ただ、中国は今年2月、日韓両国にある提案をしていた。それぞれ、二国間で安保対話をやろうという呼びかけだった。日韓両国の関係者はすぐに、中国側の意図に気がついた。2月4日、米南部サウスカロライナ州の沖合上空で、中国の気球が米軍のF22戦闘機によって撃墜されていた。中国は、日本や韓国に対し、気球がスパイ目的ではないことを釈明する考えだとみられた。
日本と韓国は対照的な動きをみせた。韓国は米国に対し、中国が中韓対話を求めてきたことを通報し、かつ、この提案を拒否する考えを伝えた。韓国はこの時点で、尹錫悦大統領の訪米を目指していた。この時点では、尹氏の訪米が国賓待遇になるかどうか、決まっていなかった。韓国政府にとって、尹氏の訪米の成功は支持率回復のための絶対条件だった。米国から良い反応を得るため、尹氏の訪日と日韓関係の改善も目指していた。尹政権にとって、中国の提案を受け入れる余地はなかった。
一方、日本は沈黙し、中国から日中対話の打診があったことを米側に伝えなかった。中国の提案から間もない2月22日、東京で日中安保対話が開かれた。約4年ぶりの開催だった。協議では、中国気球の話題も出たほか、自衛隊と中国軍の偶発的な衝突を防ぐため、両国の防衛当局どうしが直接連絡を取り合うホットラインの運用開始に向けて調整していくことで一致した。米政府は、事前通知のなかったことについて日本側に不快感を表明した。