「コロナ前、最初に集まってくれた人とは、僕の実体験も含めて『なぜ』の話をしたんです。すると、だいたいみんなどこかでよそ者になった経験をしていた。
コロナ後は『僕のなぜはこれです』というビデオをつくって全員に見てもらいました。僕らにとって、『なぜ』は北極星。そこを見失わないことがマストでした」
「なぜ」の共有はできた。問題はその解決方法だ。詳しくは作品を観ていただきたいが、堤は闇を悪しきものとして排除するのではなく、闇をも包摂して乗り越えようとする親子の姿を描いた。この結末は、必ずしも万人が納得するものではない。なぜわかりやすい勧善懲悪にしなかったのか。
「否定では何も解決しません。アメリカの分断は、自分の意見だけを言って相手の声は聞こうとしない姿勢から起きています。これがエスカレートすると、自分と違うやつらはいなくなればいいという発想になってしまう。人類が過去に犯してきた過ちを、また繰り返そうとしている」
『ONI』はそのことを気づかせるためにつくった作品なのか。そう問うと、堤は強く否定する。
「プロパガンダをつくるつもりはありません。つくり手としては、キャラクターを友達のように感じてくれることがいちばんうれしい。人は説教には耳を傾けないものですが、自分にとって身近な人が何かを感じたとき、共感するものです。それと同じで、観た人が自分の暮らしの中で、『これ、おなり(主人公の女の子)だったらどう考えるかな』と考えるきっかけになればいい」
身近に感じられるバーチャルな友達を増やすという点で、アニメーションは絶好の表現手段だろう。「何で伝えるにしても、面白いものをつくることが最低条件です。興味をもってもらえなければ、作品の中に存在する哲学や世界観も伝わらないので」。
『ONI』を配信後、堤のインスタアカウントにウクライナの親子からメッセージが届いた。アカウントをたどると、少女がおなりをまねて「どんつこつこつこ、わっしょいわっしょい!」と踊る動画がアップされていた。親子は戦地から離れた地域に住むものの、電気や水道はたびたび止まるという。
「泣いちゃいますよね。『ONI』という作品がどうこうというより、つながったことが何よりうれしくて」
分断の最前線にいる少女が『ONI』を見て何を感じたのかはわからない。ただ、作品から温かい何かを受け取ったことは間違いない。
堤 大介◎18歳で渡米し、ルーカス・ラーニングなどを経て、2007年ピクサーに参画。アートディレクターとして『トイ・ストーリー3』『モンスターズ・ユニバーシティ』などを手がける。14年「トンコハウス」を設立。初監督作品『ダム・キーパー』は15年アカデミー賞短編アニメーション賞にノミネートされ、最新作『ONI ‾ 神々山のおなり』もアニー賞で2部門を受賞した。