「ケチャップを描いてください」と言われたら? ハインツの社会実験

「Heinz Draw Ketchup」より

進化し続けるAIによって、多くの人の仕事が奪われるのではないか?そんな話題が、毎日のようにメディアを賑わしている。

しかし、日々記事を書いたり、広告コミュニケーションに関わったりしている筆者自身は、あまりそうした危惧を抱いていない。どれだけAIが進化しても、AIにはできないことは幾らでもある、と考えているからだ。

こうした“AIには出来ないこと”に特化した、痛快な広告コミュニケーションがカナダ発で登場した。トマト・ケチャップのハインツ(Heinz)による、「ドロー・ケチャップ(Draw Ketchup)」だ。

この事例は、昨年6月にフランスで開催されたカンヌライオンズ2022において、クリエイティブ・ストラテジー部門ゴールド等を受賞した。カンヌライオンズとは、世界の広告界やマーケティング界で飛びぬけて大きな影響力を持つアワ−ドである。

97%の参加者がハインツのケチャップ・ボトルを想起

ハインツが行ったのは、世界の18カ国での“社会実験”だ。

彼らはハインツの名前は隠して、参加者それぞれに「ケチャップを描いてください(ドロー・ケチャップDraw Ketchup)」とお願いした。

色鉛筆やサインペンといった筆記用具と紙を用意して、他の一切の条件はなく、ただ単純に「ケチャップを描いてください」と依頼したのだ。


Heinz Draw Ketchup

動画を見ると、カナダ、イギリス、スロベニア、インド、ノルウェー、オーストラリア、イタリアといった多様な国々の老若男女が参加している。この問いかけに、「これでホントにいいのかしら?」とか「あれ、これじゃまるでジャンプー・ボトルだな」とか、場合によっては困惑しながらも、思い思いに描き始める。

美しく仕上がったものもあれば、落書きのようなものもあったが、なんと、「ケチャップ」と言っただけで97%の参加者がハインツのケチャップ・ボトルを描いたというのだ。一人、勘違いしてマスタードの絵を描いた人を除けば……。


描き上がったケチャップ・ボトルを壁一面に貼ったシーンも出て来るのだが、それぞれの人の“らしさ”が如実に表れていて、とっても人間らしく、好感の持てるものになっている。

売り上げが10%アップ

トマト・ケチャップのトップ・ブランドであるハインツは、競合商品の参入などでシェアを落としており、親近感も損なわれ始めていた。だからこそ、この“社会実験”を行ったのだが、ハインツにとっては望ましい結果となったわけだ。
この事例では、ここで描かれた絵をラベルにした限定ボトルも販売し、さらにネットを通して250人限定で、自分の描いた絵をそのままラベルにしてプレゼントしてくれるサービスも展開した。個人的にも、自分で描いた絵をラベルにしたトマト・ケチャップは、手に入れてみたいな、と素直に思う。

この事例の成果はめざましく、なんと売り上げが10%もアップしたという。ハインツのような老舗ブランドの売り上げ10%アップという数字は、驚きだ。また、イギリス、アイルランド、ギリシャ、ドイツ、ブラジルなどで、ハインツに親近感を抱いている人の割合が平均の1495%に急上昇した。

広告コミュニケーションにおけるクリエイティビティやアイデア開発には、まだまだ人間的な要素が必須だと思う。逆にこうした時代だからこそ今回のように、人間らしさを思い切り前面に出すことには、思わぬチャンスがありそうだ。

文=佐藤達郎

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