コロナ禍で企業への帰属意識は後退
フランスの企業で働く人たちに求められるのは「仕事の中身の濃さ」だ。短時間で成果を上げなければならないプレッシャーにさらされる人が少なくない。同国の日刊紙「ル・モンド」の東京特派員、フィリップ・メスメール記者は「従業員は絶えず生産性向上を求められるため、非常に厳しいはず」と指摘する。同国企業の国際展開や海外企業の誘致などを支援するビジネスフランスのドミニク・ピカール氏に、仏企業に勤務する従業員の満足度について聞いてみたところ、「答えの難しい質問だが、さほど高くないと思う」という答えが返ってきた。また、同氏は「仕事のために抗不安薬を服用している仲間を知っている」とも打ち明ける。
フランスでは、ビジネスの世界だと個人主義よりも、むしろ集団主義を志向する。
「不平不満を口にする人が多いのは日本と異なるかもしれないが、心配性で予期せぬ出来事に遭遇する不安などを感じている人たちが多いという点では似ているかもしれない」(ピカール氏)。
経営者はひたすら生産性向上や利益拡大を追求。個人の成長は後回しになり、異なる意見など多様性は排除されがちだ。いわゆるヒエラルキー型の組織が多く、風通しはよくない。
フランス語では親しい間柄の場合、相手に「vous(あなた)」ではなく「tu(君)」を使うが、「(上司に)tuを用いて話しかけても、社内には巨大なヒエラルキーが存在している」とピカール氏は語る。
「エリート校であるグランゼコールなど同国の教育メソッドが企業のマネジメントに大きな影響を与えている」ともピカール氏は説明する。「優秀であることや知見の蓄積などを重視して、勉強することだけを求め、失敗は認めない」(同氏)のが基本だという。
だが、コロナ禍に直面し、従業員の企業への帰属意識は後退した。「家族や自分自身の幸福や健康などのほうが大事」というように、リモートワークなどオフィス外で過ごす時間が長くなったことで、これまで甘受したものよりも大切なものがあることに多くの人が気付いたのかもしれない。
「コーナー・オフィス」も成功の証ではない
こうした大きな変化はフランス以外の国でも見られる。中国で2021年ごろからSNSなどで頻繁に目にするようになったのが「Tang Ping(タンピン)」という言葉だ。直訳すれば、「寝そべり主義」。過度に働かず、自らのできる範囲で満足し、リラックスした生活を好むという若者たちの新たなスタイルを意味する。欧米のメディアは「若い世代が怠ける権利を主張し始めた」などと伝えている。
前出の仏ジャン・ジョレス財団は「米国で『コーナー・オフィス』はもはや、ステータスでなくなったように思える」と今年1月のレポートで言及した。
「コーナー・オフィス」とは、高層フロアのガラス張りの角部屋のこと。これまでは幹部として眺めのいい個人専用のオフィスを会社から宛がわれることが成功の証とされてきたが、コロナ禍での在宅勤務(リモートワーク)の浸透に伴い、そうした認識も薄らいでいるというわけだ。
ちなみに前出の従業員満足度向上のためのソリューションを提案するルムアップス社は、日本にも50社近い顧客を持つ。「日本企業はしばしば従業員を管理することを望むが、所属企業へのエンゲージメント(貢献意欲)を高めて自立を促すのが我々のサービス」と同社のワイズ氏は語る。
日本も「会社中心で働くより、個人の生活を優先する」という世界の潮流と無縁でないのは明らかだ。