スポーツ

2023.04.20 10:30

ラグビー選手会3代目会長が向き合った、アスリートの「よわさ」と「孤独」

ラグビー選手の川村慎

選手たちのメンタルヘルスの実態

小塩は選手たちが抱える問題を探るべく、ラグビー選手たちのメンタルヘルスのアンケートを実施。すると2.4人に1人がなんらかのメンタルヘルス不調を抱えており、13人に1人は「最近、死ぬことを考えた」と回答していた。「現実を共通認識し、議論を始めるための日本初の知見でした」と小塩は言う。
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選手たちが抱えているストレスは、自分の悩みを吐き出すことへの心理的な障壁にある。では、選手会としてどのような解決を提供できるのか。そこにひとつの明確な意味を与えたのは、2019年のラグビーワールドカップのキャッチコピー「4年に一度じゃない、一生に一度だ」の考案者でもある吉谷だった。

「“弱さ”を肯定する。そして、誰もが弱さをさらけ出し、弱さを受け入れられる社会へというビジョン。そんな方向性が川村さん、小塩さんとの会話から生まれていました。そこで“弱い”という言葉を再定義するという方法を取りました。世の中にあふれる矛盾を逆手にとり、“強い”という対極の言葉で“弱い”を再定義したんです」
コピーライターの吉谷吾郎

吉谷吾郎


こうして「よわいはつよい」という名フレーズが生まれた。ウェブサイトを立ち上げて、アスリートが自らの弱さをつづる。プロジェクトの方向性も明確になった。「よわいはつよいプロジェクト」に賛同したのはラグビー選手ばかりではない。サイトには多くの競技のトップアスリートの言葉が並んでいる。以下にいくつか見出しをピックアップする。

「強い人間を演じることで 弱さを必死に隠していた」(大山加奈/元日本代表女子バレーボール選手)
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「勇気を振り絞って 自分の弱さを打ち明けた」(森崎和幸/元Jリーガー)

「エースなのに 怖かった」(益子直美/元日本代表女子バレーボール選手)

「自分の弱さを理解して 周りに伝えていくこと」(田村 優/ラグビー日本代表)

日本を代表して世界と戦ったトップレベルのアスリートたちの言葉には、大きな反響が寄せられたと吉谷は語る。

「記事を読んで感動した、とか、スポーツをやっている自分の子どもに読ませますとか。Twitterではたくさんのダイレクトメッセージを受け取りました」

このプロジェクトは社会に対して一発で大きな変化を与えるものではない、と語るのは小塩だ。

「徐々に共感する人を増やし、緩やかな変化を起こし続けることで、自分の心の様子を言葉にして開示してもいいんだという選択肢がある環境をつくりたい」

スポーツビジネスの領域でも徐々に彼らの活動を知る人が増え、2022年9月に行われた「Forbes JAPAN SPORTS INNOVATION PITCH」にもノミネートされ、グランプリに選ばれる。川村は言う。

「目のつけどころが合っているんだなということを再確認できました。今後はさらに継続して続けられるきちんとしたビジネスにしていくのが目標です」

言葉の力と、社会の共通課題である「弱さ」に着目したプロジェクトは、世の中を変えていく可能性がある取り組みだ。よわさを言葉にすることで、人はもっとつよくなれる。


よわいはつよいプロジェクト◎日本ラグビーフットボール選手会のメンタルヘルス啓発の取り組みとして2019年に発足。ウェブでの発信にくわえ、企業や学校などを対象に講演やワークショップを開催。アスリートがオープンに心の不調と向き合うことで精神疾患に関わる偏見や圧力を緩和し、メンタルヘルスを自分ごとに考えられる社会を目指す。

川村 慎◎ラグビー選手。横浜キヤノンイーグルス所属。高校時代、U17日本代表候補に選出。大学卒業後、大手広告代理店に入社するが、退社してラグビー選手として復帰。2020年から2022年にかけて日本ラグビーフットボール選手会会長を務める。

吉谷吾郎◎早稲田大学ラグビー蹴球部出身。ラグビーW杯2019日本大会の公式キャッチコピー「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」など、スポーツ界、企業や地域のブランディングおよびコピーライティング・クリエイティブワーク多数。

小塩靖崇◎国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター研究員。「よわいはつよいプロジェクト」では心の専門家・研究者として、アスリートへのメンタルヘルス支援策の開発と実装、論文執筆などにより研究と実践の橋渡しを目指す。

文=青山 鼓 写真=吉野洋三(Y's C)

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