経済

2023.04.07

「防衛的賃上げ」に踏み切らざるをえない中小企業の本音

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東京都内の映像関連の会社へ昨春就職した卒業生に会った。勤務先は中小企業。大規模なイベントなどの運営に携わる仕事だ。
 
初めて手にした給与は厚生労働省が公表した2021年の大卒者の平均初任給22万5400円(賃金構造基本統計調査)を下回った。だが、社会人生活をスタートさせてからちょうど1年、年収は想定していた額を大幅に上回った。
 
業績好調で昨冬の賞与が入社前に会社側から提示されていた額よりも多かったうえ、年明けには臨時ボーナスも支給されたためだ。「その一部で親にプレゼントを買った」と卒業生は顔をほころばせていた。
 
大企業の賃上げの動きが中小企業にも波及している。日本商工会議所が全国の6000社あまりの中小企業を対象に実施した2月の調査によると、2022年10月の最低賃金の改定(時間当たり全国加重平均額で前年度比31円増の961円)に伴い、同賃金を引き上げた企業が全体の38.8パーセントに達した。
 
2023年度についても「賃上げ実施の予定」と答えた会社が58.2パーセントと6割近くを数え、前年比12.4ポイント増と大幅に増えた。
 
賃上げの理由としては、「従業員のモチベーション向上」(77.7パーセント)との回答が最も多く、これに「人材の確保、採用」(58.8パーセント)が続く。特に目立ったのは「物価上昇への対応」との答えだ。全体の51.6パーセントと前年から26.7ポイント急増した。

「仕事があっても人手が足りない」

筆者の同僚の大正大学表現学部専任講師で中小企業診断士の田島悠史氏は「政策面での支援が中小企業の賃上げを後押ししている」と説明する。
 
一例が国の小規模事業者持続化補助金と呼ばれる制度。経営計画を策定して地元の商工会議所や商工会の支援を受けながら販路開拓に取り組む企業のうち、最低賃金の引き上げに取り組む事業者には補助金が上乗せされるという仕組みだ。
 
ただ、それだけではない。中小企業を取り巻く環境の厳しさも賃上げを迫る。経営者の多くが口をそろえるのは深刻な人手不足だ。
 
日銀が4月3日に公表した全国企業短期経済観測調査、いわゆる「短観」によれば、人員が「過剰」と答えた企業から「不足」と回答した企業の割合を差し引いて算出する雇用人員判断DIは、大企業のマイナス23に対して、中小企業はマイナス36(いずれも3月調査、全産業ベース)。中小企業の人材確保の難しさが浮き彫りになった。
 
年間売上高が7~8億円規模の茨城県のある建設会社は、2020年に働き方改革に着手。隔週で週休2日制を導入するとともに、一気に約6パーセントの賃金の底上げ、いわゆるベースアップを実施した。翌年以降も毎年ベアを継続しており、今春も同2パーセントのベアに踏み切った。
 
同社の経営者は「建設業界は仕事があっても、人がいない時代を迎えている」と話す。同社は黒字計上が続いているうえ、長期借入金はゼロで自己資本比率が70パーセント近くに達するなど財務体質も健全。賃上げに耐えうるだけの体力を蓄えている。「民間工事から土木・解体工事など公共事業中心へシフトし、工事の受注単価を上げることができたのが奏功している」という。
 
問題なのは、中小企業の賃上げは多くの大企業と異なり、必ずしも好業績を背景にした前向きなものばかりでなく、たとえ業績の改善などがみられなくとも実施せざるをえない状況に追い込まれているケースが少なくないことだ。
 
ある地方都市の商工会議所の幹部は「防衛的な賃上げが大半」と指摘。2023年度の賃上げ実施予定の企業が6割近いとの調査結果には、「実感よりもやや高めの印象がある」と打ち明ける。 
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文=松崎泰弘

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