小説化で「ビジネスドリブン」を軽減
スタートアップには、2パターンのプロダクトへの向き合い方があると諸岡は説明する。1つはビジョンとミッションから逆算し、つくりたい世界に向けて製品をうむ「ビジョンドリブン」。もう1つは、売り上げ目標を達成するために、どの市場に向けて製品をつくるかを考える「ビジネスドリブン」だ。
「社内外の共感を得ながらも、事業を成り立たせなければいけないので、基本的には2つが融合するのが理想です。しかしカミナシには、昨年の夏までビジョンがなかった。何が起きていたかというと、はっきりとつくりたい世界観が社内で共有されず、『ビジネスドリブン』だけになってしまっていたんです」
そこで取り入れたのが「小説」だった。きっかけは、SF小説家の小野美由紀氏とベンチャーキャピタルGCPの野本遼平氏が主催するワークショップ「起業家向けSFプロトタイピング」に誘われたことだ。
そこでは、数百字で物語を構成するショートショートを執筆し、事業構築を行うという試みが行われていた。諸岡は、参加後の帰りの電車内でも書き続け、気づくと1万5000字の大作になっていたという。そこで諸岡は、それをビジョンにすることを考え、カミナシ 社員全員が参加して小野氏によるワークショップを開催した。
そこで挙がった社員からの作品もおりまぜ、小野氏がリライトし、カミナシのビジョンが完成する。内容はホームページで参照できるが、現場の課題を抱える食品流通企業の社員を登場させながら、カミナシが実現する2030年までのストーリーが、全4章にわたって描かれている。
「私たちの会社は現場のためのツールを提供していますが、社員全員が顧客の様子を実体験として理解しているわけではありませんでした。どういう場面で、誰が、どんな苦しみや嬉しさを感じるのか、小説ではそれを疑似体験として、皆が同じ場面を共有できるんです。
経営陣でも、プロダクトを一度考え直そうとなったときに、ビジョンを起点に考えることができるようになりました」
架空の世界ではあるが、顧客のペルソナを共有することで、ビジョンの理解もスムーズに進んだというわけだ。
また時間の設定も重要だったという。
「ビジョンのゴールを2040年にすると、突拍子もない独創的なことは言えますが、先のことすぎて現実性がない。逆に2027年という近未来だと、ある程度想定できてしまう。2030年という届きそうでまだ届かない時間の設定も、小説化するうえでは重要でした」
こうした取り組みによって、投資家から評価されるだけの社内でのカルチャー浸透が実現したのだろう。
カミナシは、今回の調達資金で2023年中に人員の強化をする。エンジニアやデザイナーなどのプロダクト職を、現在の約20名から約50名へと増員する方針だ。まさに、アップデートされたMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が機能することだろう。